冥土

鈍い打撃音。
甲高い断末魔。
そしてまた一匹、不死の怪物は粉々に砕け散った。
「あ〜、もう!一体何匹いるのよ?」
悪態をつきながら血振りする紅葉。
愛用の得物、地獄の破城槌はすでに数十体の魔物の体液でぐっしょり濡れている。
「しかもさっきからヴァンパイアしか出てきてないよねぇ」
一団のモンスターを消し炭に変えながら青葉が応じる。
「皆が皆、回廊の奥から逃げるように殺到してくるというのも解せぬな」
そう言うパルは、アンデッドの首筋に牙を突き立てるのが嫌なのであろう、
先程から全く攻撃を仕掛けず、ひたすら回避に徹している。
「えっ、でもこの回廊の先ってたしか…」
思い出したかのようにぽつりと呟く青葉。
「まあとにかく、さっさとこいつらを蹴散らしちゃおうかしら……ねっ!」
紅葉が腰の鞘から素早く長剣を抜き、宙に投げ放つ。
剣―ハースニール―は地上1メートルぐらいの位置でふわりと滞空すると、
次の瞬間には三体のヴァンパイアの首を斬り落としていた。
一瞬動きを止める魔物の一団。
その横を二条の光が走る。
青葉が鞄の中から取り出した一対のマジックガントレットがTILTOWAITOを放ったのである。
さしもの不死人の群れも二発の核撃を同時に受けてはひとたまりもなく、次々と土に還ってゆく。
一気に視界がひらける。
「さ、行くわよ」
そしてパーティーは薄暗い地下迷宮を駆けてゆく。

**********

石造りの迷宮の片隅。
やや広めな回廊の突き当たり近くには小さな人影が一つ。
愛刀についた血を振り払いながらその人影―少女は静かに口を開く。
「往生際が悪いですよ。大人しくこの場から立ち去って下さい」
その口調には余裕さえ感じさせられる。
年の頃は紅葉や青葉と同じぐらいだろうか。
身に纏う白と水色を基調としたメイド服は返り血で斑模様に染まっていたが、
彼女自身には傷一つないようであった。
少女の周囲を取り囲むのは十数体のヴァンパイア。
そしてその数倍にものぼる残骸が辺りに散乱している。
ある者は一刀のもとに首を刎ねられ、ある者は魔法で打ち砕かれて。
少し離れたところから魔物の群れを指揮するのは、
夜色のマントを纏うヴァンパイアロード。
多くの冒険者の畏怖の対象である不死の王の表情には
今や明らかな焦りの色が浮かんでいた。
異界から絶えずヴァンパイアを召喚して襲い掛からせるが、
それらは少女の剣技の前にあっけなく斬り捨てられ、
あるいは一目散に戦いの場から逃げ出してゆく。
一匹また一匹と減ってゆく魔物の壁。
やがてそれは全て崩れ去り、少女と不死王の間を遮る物は何も無くなる。
何らかの限界に達したのだろうか、ヴァンパイアはもう手下を召喚しない。
それでも撤退という選択肢は存在しないようで、今度は自ら少女に向かっていくと、
MADALTOを放ちながらドレイン効果のある両手の爪を振りかざす。
「どうやら退く気はないようですね。
ですがこれも課せられた試練だというのなら仕方がありません。
あなたにはここで消えて頂きます…私の望みのために」
そう言いながら抜き身の刃を一度鞘に戻す少女。
左足を引いて腰を落とす。
静かに目を瞑る。
そしてヴァンパイアロードが間合いを詰め、その禍々しい爪を振り上げた刹那。
「対吸血鬼用秘奥義………十七分割!!」

**********

その後も雲霞の如く湧き出てくるヴァンパイアの群れを
力技で蹴散らして進む紅葉たち一行は、やがて回廊の突き当たりに辿り着いた。
夥しい数のヴァンパイアの残骸に彩られたその場所には、一人の少女がいた。
メイド服の少女は床から突き出た剣の柄と思しき物の前に跪き、
がっくりとうなだれているようであった。
「何故……何故抜けないのでしょう?
幾多の困難を乗り越えてようやくここまで辿り着いたというのに!
私には何かが…素質が…無かったという事でしょうか……」
悲しさを、悔しさを噛み締めるように呟く少女。
そして彼女の傍らに無言で佇む立て札にはこう書かれていた。

『この剣を抜いた者はメイド界を革命する力を得るであろう』



「………わよ」
どれくらいの時間が経過しただろうか。
メイド少女―みなも―は背後からの声が
自分に向けられたものだとようやく気がついた。
「えっ?」
ゆっくり振り向いてみると、二人の少女と一匹のウサギがこちらを見ていた。
少女は二人ともみなもと同じぐらいの年齢。
ウサギは悪名高いボーパルバニーだが、不思議なことに殺気が全く感じられず
どうやら少女達のパーティーの一員のようである。
二人のうちポニーテールの方の少女―紅葉―が先程と同じ言葉を繰り返す。
「それ、どうやったって抜けないわよ」
「えっ!それは一体どういうことですか!?」
みなもは勢いよく立ち上がると紅葉に詰め寄る。
「あれはメイドの王を選定するための剣なのでしょう?
そしてその者はメイド界を制する…革命する力を得ることができるのでしょう?
それが絶対に抜けないというのはどういうことなのですか!?
今の時代にはその資格のある者がまだ誕生していないということですか!!
それともこの剣と対になるアイテムがあって、
それを持っていなければ抜くことはできないということですか!!!」
興奮して一気にまくし立てるみなも。
紅葉は少しばつが悪そうな顔をすると、静かにこう告げた。
「だってそれ……青葉がテレポートに失敗したときに、
床の中に実体化させちゃったんだもん」
ショートカットの少女―青葉―が顔を赤くしながら恥ずかしそうに言葉を継ぐ。
「…それでね、お姉ちゃんが面白がってその立て札を横に立てたんだよ」
「つまり、刀身が床の一部となっている以上、決してそこから抜けることはなく、
仮に抜けたとしても何が起こるわけでもないということじゃな」
ボーパルバニーのパルが厳かに締めくくる。
「そ、そんな…。それでは”メイド界を革命する力”とういのも…」
「そんなの冗談に決まってるじゃない♪」
明るく笑う紅葉の顔はまさに悪戯が成功した子供のように輝いていた。
がくり。
音を立ててみなもが崩れ落ちる。
「私の今までの苦労は一体……」
その背後では。
「ちなみにヴァンパイアが大量発生したのはきっとこの剣のせいね。
ただのボロいロングソードにしか見えないけど、
なにやらヴァンパイアロードがワードナ様から授かったものらしく、
えらく大事にしてたから。
きっとこの剣を守る為と剣をこんな風にした者に復讐する為に
あれだけ盛大にヴァンパイアを召喚したんだろうね。
でもこれからもあんなにうじゃうじゃとヴァンパイアが出てくるのは
ちょっと鬱陶しいわよね。
この剣の柄を壊しちゃえばさすがにヴァンパイアロードも諦めがつくでしょ。
よーし、それじゃいっちょ派手にいくわよ!」
そして……。
カシャーン!!
金属が砕ける高く澄んだ音が地下に木霊する。
それはみなもの魂が砕ける音でもあった。



それからおよそ半刻。
絶望に打ちひしがれていたみなもが
ようやく冷たく湿っぽい床から立ち上がった。
「だ、大丈夫?みなもちゃん。ごめんね、本当にごめんね」
みなもの傍らでずっと謝ったり慰めたりしていた青葉も慌てて立ち上がる。
「いえ、もう気にしないで下さい、青葉さん。
それに噂を盲目的に信じてしまった私にも非はあるのですから。
またメイド道を極めるために一から努力しますよ」
その顔はある意味完全に吹っ切れていて、もう本当に大丈夫そうであった。
「そう。それなら良いんだけど…」
「でも、困りましたね。先程の剣を求めてここまで来たのですが、
その後のことを全く考えていませんでした」
「それならさ…」
先程から壁に寄りかかってずっと考え事をしていた紅葉が不意に切り出す。
さすがに今までのみなもの沈み様をみて反省したのか、いつもの快活さがない。
「…あたし達と一緒に来ない?」
「「「えっ?」」」
みなもが、青葉が、パルが、紅葉を見つめる。
「ここより少し山奥の迷宮に刀匠村正が鍛えた包丁があって、
最高の料理人だけが手にすることを許されるらしいのよ。
デマかもしれないけど、もし本物なら真のメイドになる為にも
必要なものじゃないかと思って。
そこの迷宮の途中までなら案内できるし…」
「お姉ちゃん…」
「紅葉…」
そして。
「紅葉さん……本当によろしいのですか!?」
「ええ、いいわよ。あたし達のせいで迷惑掛けちゃったみたいだしね。」
それを聞いてみなもの顔がみるみるうちに晴れやかになる。
春の穏やかな青空のように。桜の花びらを浮かべた静かな水面のように。
「ありがとうございます!ありがとうございます!!
是非お供させてください!!!」
抱きつかんばかりの勢いで迫ってくるみなもに少したじろぎながら、
紅葉は照れ隠しにこう付け加えた。
「それに……あんたとはどっちがたくさんモンスターを倒せるか勝負してみたいしね。
ここら辺のヴァンパイアは全部一人で倒したんでしょ?
これは久しぶりに本気が出せそうね♪」
「ふふふ。私の本気はまだまだこんなものじゃありませんよ。
いずれメイドの王となる者の力を存分に見せて差し上げましょう」
そして満面の笑みでがっちりと握手を交わす二人。
かくして最凶のパーティーに新たなる魔刃が加わった。
いずれ世の魔物たちをことごとく冥土へと誘うであろう終末の始まりである。
「さ、そうと決まれば早速行くわよ!」
「はい!メイド界を革命するために!!」
<了>


使用ソフト
Adobe Photoshop 5.01(フォトレタッチソフト)

wiz風味文章付き落書き第4弾。
今回は満を持して登場のメイドさんです。
今まで幾度となく挑んで、そのたびに惨敗していましたが、
ようやく少しはまともなメイドさんが描けました。
…サイズ縮小したら毛先がなんかヘンになってるけど。
次はもっと頭身高くしてフルカラーで描きたいけど、
その為にはまだまだ(画力の)レベル上げが必要ですね。
文章のほうは書き上がるまでに二転三転七転八倒…。
設定はだいぶ前から出来てたはずなのに、
本格的に書き始めてから完成までに結局まるまる1ヶ月も掛かってもーた。
しかももはや絵のおまけのレベルを逸脱してるし…。(涙)
それでも納得いくまで煮詰められたので良かったです。
ちなみに今回の新キャラ、みなもは善のメイド侍ってことで。
このシリーズはまだしばらく続く予定。
続編用の新キャラの設定も既にかなり細かくできてるし。
…ま、絵が描けたらね。

2006.1.22

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