お嬢様

キン、キン、キン!
春の青空に鋼と鋼がぶつかり合う澄んだ音が響く。
白刃を構えて対峙するのは二人の少女。
一方はセーラー服の紅葉、
もう一方はメイド服のみなもである。
どちらもスカートながら動き辛そうな仕草は見て取れない。
地獄の破城槌を好んで使うため怪力馬鹿のように思われがちだが、
今日のようにハースニールを手にしたときの紅葉は、
繊細で鋭い剣閃を見せる。
対するみなもは普段と変わりなくゆったりと村正を構え、
変幻自在の斬撃を繰り出す。

そんな打ち合いが更に数合続き、不意にみなもの剣先が乱れる。
それを逃さず相手の剣を巻き上げに掛かる紅葉。
が、みなもはタイミングを計ったかのように剣先を引いてかわすと、
逆に紅葉の剣を宙へと弾き飛ばす。

程なく落下してきて地面に突き立ったハースニールを青葉に返しながら、
「これで今日は3勝3敗ですね」
と、みなも。
「そうね、まだまだいくわよ!」
と、紅葉。
どちらもまだまだやる気満々のようである。
そしてどちらからともなく得物を構え、
第7ラウンドに突入しようとしたとき、
不意に二人は同時に気配を感じた。

顔を向けた先は河川敷の土手の上。
今いる川原の芝生広場から10メートルほど立ち上がったところだ。
そこにはやや早足で歩んでくる二人の人影があった。
どちらもセーラー服を着た少女のようである。
「遅いわよ〜!」
剣を鞘に収めた紅葉が二人に駆け寄る。
同じくみなもも後を追う。
「ごめ〜ん、掃除当番が長引いちゃって」
答えたのは二人組の一方、紅葉の妹で、短めな髪をした青葉だ。
そしてもう一人は
「………不可抗力」
とぼそっと一言。
みなもはその初対面の少女の顔を、全身をまじまじと見つめた。

小柄な青葉より更に一回り程小さく華奢な体つき。
肩の上ぐらいの長さで、きっちりと切り揃えられた黒髪。
愁いを帯び、半ば閉じられた瞳。
そして全身から漂う神秘的なオーラ。
なによりもみなもの直感が告げたのだ、この方しかいない、と。

みなもは青葉に急激に顔を近づけると、
小さな声で、だが切迫した調子で問い質した。
「お隣の方はどなたでしょうか?」
「あれ、まだ紹介してなかったっけ。うちのパーティーの柊ちゃんだよ」
「…柊さん…」
その名をゆっくりと噛み締めるみなも。
「あ、それでこちらのメイドさんはこの間パーティーに加わったみなもちゃんね」
今度は柊にみなもを紹介する青葉。
「侍としての剣の腕はかなりのものよ。ちょっと悔しいけどあたしが保証する」
付け足す紅葉。
そこでみなもが大袈裟な仕草で柊の両手を取る。
そして。

「柊さま、あなたのことをお嬢様と呼ばせて下さい!!」

驚愕と沈黙が辺りを支配する。
流れる空白の時間。
それを最初に打ち破ったのは紅葉だった。
「…それって、どういうこと?」
「言葉の通り、わたくしみなもが、柊さまに全身全霊で御仕えするということです!
これまでメイドを続けてきて、今初めて真の主にお会いできたのだと思っています!」
「………」
「…そうなんだ」
「…あ、でも。ひとつ言っておくけど、柊って実は巫女なんだけどいいの?
巫女とメイドじゃ色々と釣り合わなくない?」
みなもはコンマ五秒だけ考えて、
「そんなものは愛があればなんとかなります!
というかそんな豪華特典が有ったなんて至福の極みです!」
と胸を張って答える。
そして柊の目を覗き込むと言葉を紡いだ。
「如何でしょうか?炊事洗濯、家事はなんでもお任せください」
「………」
「三時のおやつも食後のデザートも完備です」
「………ホットケーキは?」
「もちろんお好きなだけ召し上がって頂けます」
「………じゃあ…許可」
「ほ、本当ですか!?」
こくん。
「あ、ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願い致します」
「………よろしく…みなも」

完全に置き去りにされた姉妹。
「ねぇ、本当に良かったのかなあ、お姉ちゃん?」
「ま、本人たちが良いって言ってるんだから良いんじゃないの?」
「そーなのかなー?」
「そーよ、多分…」

半ば呆れ気味の姉妹の傍らで、みなもが柊に抱き付いていた。
「お嬢様〜♪大好きです〜♪」
「………ちょっと…くるしい」
瞳に星を浮かべながら抱き付いてくるみなもに、
身を捩りながら抗する柊は最初と変わらない半眼だったが、
その頬にはわずかに朱が差していた。
<了>


使用ソフト
Adobe Photoshop 5.01(フォトレタッチソフト)

wiz風味文章付き落書き第5弾。
前作から実に2年半ぶりですな。
またまた新キャラ登場ってことで、今度は巫女さん。
って、巫女服じゃないけど…。
まぁ今回の話は次回への繋ぎ的なものなので
本格的な活躍(と巫女服)は次回をお楽しみに。
なお、今後みなも×柊の百合展開にはならないと思うので
過度な期待はしないでください。
ちなみに柊は善の巫女プリーストってことで。
プリーストだったら尼じゃないかって?
それについては
「………神に仕える職なので巫女→プリーストで合ってる」
だそうです。
あと半眼はデフォです。

2008.7.31

back