迷宮の片隅にて

「「あっ!」」
声を発したのは同時だった。
地下迷宮の片隅、廃屋と言われても違和感のない
薄汚れた小屋の前で、紅葉は小屋から出てきた少女と遭遇した。
とっさに愛剣のハースニールを抜く紅葉。
それに対して少女は手している矛をゆるりと上段に構える。

紅葉はその少女―綾佳―を知っていた。
以前に何度か紅葉とそのパーティーに
襲い掛かってきたことがある謎の少女。
襲われる理由は分からない。
ただ、一つだけ分かることがある―彼女は強い。
今まではパーティーの仲間と協力してなんとか退けてきたが、
今回も上手くいくという保証はない。
しかも紅葉は今一人だ。
紅葉な背筋を一条の冷たい汗が流れる。
それでも紅葉はあくまでも強気を装った。

「またあんたなの、綾佳。毎回毎回何のつもりよ!」
「問答無用!今日こそその首、頂きますわ!!」
そしてまさに有無を言わせぬ勢いで綾佳が突き掛かってくる。
それを剣で弾く紅葉。
綾佳は刺突と斬撃を巧みに織り交ぜながら間断なく攻め続ける。
一方紅葉はコンパクトに剣を取り回し、
迫り来る攻撃をことごとく捌いていった。
壮絶な打ち合いは三十合程続き、
それから二人はどちらからともなく自然に距離をとって対峙した。

剣で槍に勝つには相手の三倍の力量がいると言われることがある。
実際はそこまでは必要ないかもしれないが、
それでも長柄武器のリーチの長さは戦場で大きなアドバンテージになる。
肩で息をする紅葉。
それに対して綾佳にはまだ余力があるように見えた。
「ほほほ、さすがにやりますわね。でも本番はこれからですわ。
私の”天の矛”の真の力を見せてさしあげますわ!」
綾佳が得物を中段から八相に構え直す。
すると矛の穂先に閃光が煌き、青白く輝く巨大な雷霆が出現する。
白と黒に彩られた綾佳の服と長い髪が
静電気によってふわりふわりと舞い踊る。
「この一撃を受けて、果たして立っていられるかしら?」
一方、紅葉は焦燥の表情を浮かべる。
まだ若いながらも多くの修羅場を潜り抜けてきた彼女は、
あの稲妻がTZALIK、いや下手をするとTILTOWAITをも上回る
威力を秘めていることを悟った。
綾佳の言う通り、あれをまともに食らうわけにはいかない。
…どうするか?
だが、考えている暇はない。
綾佳が振り上げた矛を思い切り振り下ろす。
そのとき、紅葉にとっても綾佳にとっても予想外のことが起きた。

突然飛び出してきた人影が二人の間に割って入った。
そして綾佳の矛を左手一本で受け止めたのだ。
矛と小手がぶつかる鋭い金属音と同時に、
天の矛の発する電光と雷鳴がぴたりと止む。

「「時雨!」」
再び辺りに満たされてゆく闇の中で二人の少女の声が重なった。
時雨―それが今綾佳の一撃を防いだ男の名だった。
年は二十代半ばほどだろうか。
漆黒の髪に眼鏡の似合う知的な面差し。
黒の上下を身に付けたその体は、
平均的な冒険者と比べるとやや痩せているように見える。
そして左手には青白い光芒を放つ篭手があった。
「…ミスリルグローブ!?」
紅葉が思い当たったのは、アミュレットの放つ
強烈なエネルギーすら完全遮断する奇跡の小手。
過去にワードナ卿が使用し、それ以降行方知れずになっていたはずだが、
綾佳のあの電撃を一瞬で打ち消す代物など、それ以外には考えられない。

一方の綾佳は紅葉以上に動揺していた。
矛を押さえられたままの状態で時雨に抗議する。
「一体どういうつもりですの。今いいところだったんですわよ!
じゃ、邪魔をしないで頂けま……ぐごっ」
皆まで言わせることなく、時雨の右手の拳骨が
綾佳の脳天にクリーンヒットした。
「…言ったはずだぞ、人の店の前で騒ぐなと」
そっけなくそれだけ口にする。
綾佳はよっぽど痛かったのか、地面にしゃがみ込む。
そして涙目でこう告げる。
「時雨さん、私はあなたの店の客なのですよ!
その客である私になんてことなさいますの!!」
だが、時雨は静かに答えた。
「…用が済んだ客など、もう客ではない。さっさと帰れ」
それっきりもう語ることなど無いとばかりに目を閉じる時雨。
紅葉はなんとなく綾佳のことが可哀想になって、同情を込めた視線を送る。
その二人の顔を交互に眺めた綾佳は、
手から零れて地に落ちていた天の矛を拾い上げると
一目散に駆け出した。
「お、覚えておきなさいよね!!」
という今時珍しい捨て台詞を地下の回廊に反響させながら。

小屋の前から綾佳の声と足音が聞こえなくなってしばらくして、
紅葉はようやく一つ溜息をついた。
とりあえず当面の脅威は去ったのだから。
そして、
「ありがとう、時雨。助かったわよ」
と彼女にしては素直に礼の言葉を述べた。
一方、言葉を掛けられた時雨は
まるで何事もなかったかのように紅葉の顔を一瞥すると、
「気にするな、よくある騒動だ。
…ふむ、お前は…マジックアーマーだったな。
…待ってろ、今持ってくる」
とだけ言い残して一人小屋に引っ込んでしまう。
5分程して時雨は一着のプレートメイルを抱えて姿を現した。
時雨はそれを紅葉に投げてよこし、
「それでいいだろう。…あまり無茶するな。
そいつの自己再生力と俺の腕をもってしても修理には限度がある」
「はいはい、せいぜい気をつけるわよ」
飛んできた鎧を両腕で抱えるようにキャッチしながら紅葉が答える。
「…さぁ、用が済んだらさっさと帰れ。俺は忙しい」
「相変わらず無愛想ねぇ」
半眼で紅葉は告げるが時雨に堪えている様子はない。
これもいつものことだ。
「…じゃあな」
そして一方的に会話を切り上げて部屋に戻ろうとする。
と、ドアを閉める手を止めて時雨はこう言った。
「…そうそう、お前のパーティーの侍、…みなもとかいったか?
あいつにこの間の差し入れの礼を言っておいてくれ」
「あぁアップルパイのことね。分かったわ、伝えておく」
それを聞き届けると、時雨は軽く手を挙げるしぐさをしてから
完全にドアを閉じた。
紅葉も、
「さて、私も帰って明日の支度をしないとね」
と小屋の前から歩き出した。
後に残ったのは小屋から漏れる微かな煙と
迷宮特有の湿った闇だけだった。
<了>


使用ソフト
Adobe Photoshop 5.01(フォトレタッチソフト)

wiz風味文章付落書き第八弾。
ガチバトルかと思わせておいて実はただの新キャラ紹介…。
で、今回の新キャラは時雨(しぐれ)。悪の司祭です。
基本的にどこのパーティーにも属することなく、
迷宮の奥深くに引き篭もり、一人アイテムの鑑定、修理、研究に明け暮れています。
特に異世界からやってきたような謎のアイテムには興味津々。
モグリでしかも金にあまり興味が無いので、
ボルタック商店より格安な価格で鑑定してくれると一部の上級冒険者に人気。
ただし性格があまりよろしくない(悪だしね)為、
取引をしている冒険者の数は数えるほどであるといわれている。
ちなみに時雨と綾佳は別に仲が悪いわけではないです。
綾佳は時雨の店の常連なんだけど、
時雨の店先で新しい武器を振り回すので、
いつも怒られるているのであった。

それにしても、男の絵って初めて描いたな。
しかも眼鏡。
アンチ眼鏡属性な私ですが、男ならまぁ許可。
キャラの性格付けをするのに便利なアイテムだしね。

次回作は未定。
まぁ何か思いついたらね。

2009.1.27

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