飛翔の果て

地下迷宮特有の湿った闇が辺りを満たす。
そんな中、気が付くと青葉はぽつんとただ一人佇んでいた。
ついさっきまで一緒にいたパーティーメンバーの姿はない。
十秒ほど考え、青葉はようやく現状を把握した。
そして溜息を一つ。それから一言。
「あ〜あ、ついてないなぁ」
漏れる言葉には別段、焦燥感や悲壮感は漂っていなかった。
つまりはこういうことだった。
宝箱の罠を外す際にパルがテレポーターに引っ掛かり、
運悪く青葉だけが飛ばされてしまった、と。
「まぁでも、いしのなかに飛び込まなかっただけラッキーだったかも」
あまり物事に動じない青葉はさて、これからどうしたものかと、
わりあい楽観的に思考をめぐらせ始めた。
と、その瞬間、背後に強烈な殺気を感じた。

反射的に身を屈めた青葉の短い髪を、屈強な腕がかすめる。
「グレーターデーモン!?」
振り返った先には、爬虫類の鱗のように厚い青白い皮膚によろわれた
十体以上の悪魔が唸り声を上げていた。
先制攻撃を仕掛けてきた先頭の一体が、
間合いを詰めて再び青葉に襲い掛かる。
毒と麻痺の効果をもつ鋭い爪が無防備な青葉を薙ぎ払おうとする。
距離的にも速度的にも回避不能な一撃。死を運ぶ一撃。
万事休すか!?
それに対する青葉はその場から避けることもせず、冷静にたった一言だけ叫ぶ。
「シールドくん、お願い!」
揺れる虚空。
そして青葉の声に応えるかのように伝説の盾、マジックシールドが出現し、
彼女の前で燦然と光を放つ。
爪と盾がぶつかり合う鈍い音。
次の瞬間、グレーターデーモンの腕が血飛沫を上げながら宙を舞った。
意志をもつ盾、マジックシールドが魔物の攻撃をいなし、
その反動を用いて盾のエッジで腕を斬り落としたのだ。
致命傷には至ってないとはいえ、さすがKOD'Sシリーズ最大の攻撃力を秘めた
マジックシールドの一撃は伊達ではない。

魔物の群れに動揺が走る。
ひ弱なメイジ一人ならば呪文も必要ないと奇襲攻撃を仕掛けたが、
手酷い逆撃を浴びることになってしまったのだから。
それでもグレーターデーモンにはまだ最強の攻撃手段が残っている。
それこそが多くの冒険者達を震え上がらせるMADALTOの連発である。
しかもグレーターデーモンの防御力は高く、呪文無効化率も高い。
屈強な戦士の集団ならともかく、並みのメイジ風情には
かすり傷一つつけることもできないだろう。
そんなわけで魔物の動揺は一瞬。すぐさま呪文詠唱に入る。
だが、その一瞬が勝負を分けることになった。

「MONTINO!!」
魔物に先んじて、青葉の良く通る澄んだ声が迷宮に木霊する。
それに合わせて不可視の靄が魔物の群れを包み込み、沈黙させる。
一匹だけではない。十数匹を一斉にである。
呪文無効化率95%を誇るグレーターデーモンにすら呪文の効果を通す。
それこそが彼女の異能だった。
どんなに呪文無効化率が高いモンスターでも、
それが100%でないならば必ずどこかに呪文が通じる隙があるということだ。
そして彼女にはその隙が”視える”。
それも複数のモンスターの隙を同時に一瞬で見破り、
そこに寸分の狂いなく狙い澄ました呪文を叩き込むことができるのである。
これはまさに魔女の所業か?
一方、魔物たちは得意のMADALTOを詠唱途中で阻まれ大いに焦る。
だがそれも無理からぬことであろう。
高い呪文無効化率を誇る彼らのこと、
今までに呪文を封じられた経験などおそらくないであろうから。
そんな青い悪魔達に追い討ちを掛けたのがマジックシールドだ。
再度の斬撃で、先程手傷を負わせた奴に止めを刺す。
直接攻撃も呪文攻撃も封じられたグレーターデーモンたち。
呪詛の咆哮すら沈黙の中に沈む。
こうなっては上級悪魔も形無しである。

青葉はここに至って、戦闘が始まって以来初めて一息つくことができた。
ここまでくればもうあとは必勝パターンである。
「今度はこっちの番だね。全力全壊でいくから覚悟してね〜!」
唱え慣れた呪文を紡ぎながら杖を前方に突き出す。
彼女の周囲からオーラのようなものが浮かび上がり、
それが一点に収束した瞬間。
「TILTOWAIT!!」
光と熱と爆風が魔物の群れに等しく襲い掛かる。
無論、呪文無効化は通用しない。
圧倒的な魔の奔流に打ちひしがれ、あるいは身を焼かれ、
あるいは頭を吹き飛ばされ、次々に蹂躙れてゆくグレーターデーモン達。
無事なものは一体もなく、半ばが斃れ、半ばが瀕死の重傷を負った。
青葉は躊躇なくそこに更にもう一撃加えた。
核撃の猛烈な余韻が薄まってきたとき、後には屍の山が残るのみ。
かくして青葉はたった一人で青き悪魔の群れを一掃したのであった。

周囲を見回し、他にモンスターの気配がないことを確認すると、
青葉はようやく最初の思考に戻ることができた。
これからどうするべきか、と。
おもむろにDUMAPICを唱えると、
どうやら今まで来たことのない場所だということがわかる。
いくら青葉が強いといっても、見ず知らずの道を
一人で歩いて帰るのはリスクが大きすぎる。
幸い現在の座標はわかるのでMALORで帰ればいいのだが…。
「MALORかぁ。…あんまり気乗りがしないんだけどなぁ」
たしかに青葉は転移魔法が恐ろしいほど苦手である。
それでもこの場で悩んでいても、いずれグレーターデーモンの死臭を嗅ぎ付けて
他のモンスターがやって来ないとも限らない。
「しょうがないか…」
しぶしぶ自分を納得させると、青葉は呪文の詠唱を始める。
厳かな言霊が空気を浄化してゆき、彼女を包む”場”が徐々に形成される。
そして場が完全に完成し、時間が止まった瞬間。
「MALOR!」



そして。
お城の濠で着衣水泳をしている彼女が城の警備兵に
発見されたのは、それから1時間後のことだった。
<了>


使用ソフト
Adobe Photoshop 5.01(フォトレタッチソフト)

wiz風味文章付落書き第九弾。
とりあえず主要キャラが出揃ったので、最初に戻って青葉の話です。
まさに魔女(というか魔王?)というべき能力ですな。
青葉、恐ろしい子…。
設定はかなり初期からあったんだけど、
新キャラを活躍させようとしてたら彼女の見せ場がなかなか作れなくて、
今ごろになってようやく全力全壊っぷりを披露できる機会に恵まれました。
それでも転移魔法の方は、初回登場時からちっとも上達していないのであった…。

次回作は未定。
まぁ気の赴くままに。

2009.5.24

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