五剣伝・外伝〜contact〜

昼ごろに降り出した雨はまだ降り続いている。
−東信濃−
電車を降り、駅舎を出る時に傘を開く。
いつもの道、いつもの時間、いつものように家に向かう。
しばらく歩くと、やがて人影がなくなってゆく。
もう少しでいつもの切り通しだ。
木々の葉が、道路が、そして黒い傘が雨粒をはじく音だけが聞こえる。
俺は、不意に違和感をおぼえる。
何かが違うのだ。
はっきり言って俺は、剣の腕と、相手の気配を察することには自信がある。
だが、全く気配を感じないのだ。
足を止め、肩越しに振りえかえると、俺の背中の5センチほど後ろに少女が立っている。
14,5歳だろうか?セーラー服を着ている少女は俺を見ている。
かろうじて俺の傘に入っている彼女に、俺はこう言う。
「あんた、誰?」

「あたしは真堂薫瑠(しんどうかおる)、よろしくね」
−何なんだこいつは?−
相変わらず気配がない。
雨の中を歩いてきたか、ずっと俺にくっついてきたのかは知らないが、
服どころか靴下さえも、全く濡れていない。
そしてこの反応…。
−新種の魔物か?−
だが、何故かそんな気はしない。
「…俺は望月三郎だ…」
結局、この子を家まで送ってやることにする。

少女は切り通しとは別のほうを指す。
今日は、魔物との殺し合いはなさそうだ。
右と言われれば右に行き、左と言われれば左に行く。
着いたところは……俺の長屋の俺の部屋。
「さ、入ろっ」
勝手に入っていく。
中には、ちゃぶ台をはさんで座布団が二つ。
その一方に彼女がちょこんと座っている。
ロングコートを脱ぎ、刀を置いて俺も座る。
相変わらず笑顔の少女。

唐突に巨大な気配を感じる。
外だ。
爆音と共に入り口が吹き飛ぶ。
現れた魔物は、言う。
「小僧、そこの死に損ないを渡せ」
問答無用で斬りつけてやる。
おかしい。
いつもなら赤い霧のように消えてゆくのだが…。
少女に無数の光弾が迫る。
何故かその全てを、俺は全身で受け止める。
抜ける力、落ちる刀、倒れる…俺。
魔物の腕が俺の胸を貫く。
振り返ると、少女の瞳は悲しみの色うかべている。
そして……

「今度はおまえの番だ、死に損ないよ」
血に染まった手と、残り三本の手に青白い光を灯し、赤き魔獣は言い放った。
「人界に来れば俺様を捲けるとでも思ったか。グロスター城の奴等は全滅だ。
おとなしくここでくたばれ!!」
だが、これには答えず、薫瑠は落ちている刀を拾って虚空に消えた。
後を追う魔獣アウグスト。
そして上空100メトールで再び対峙した。
「それもあるけどね、それだけじゃないのよ」
刀の感触を確かめるかのように、2,3回軽く素振りをしながら。
「そんな事はどうでもいい。今すぐ死ね」
先ほどの4つに加え、さらに8つの光弾を放った。
ことごとく薫瑠にかわされた12本の線は、はるか先の地上を深々とえぐり取っていった。
そこではおぞましき地獄絵図が展開されていることだろう。
「やっぱりね」
一瞬だけそちらを見ると、光の嵐の中を駆け抜けていった。
「死ぬのはお前のほうだよ!」
たった一閃でアウグストは、無数の肉片となって雨の空に飛び散った。
4連斬と追衝撃波による”クロッシング”だ。
「…な…なぜ……?」
残っていたわずかな意識も、次々と赤い霧に変ずる肉片と共に消えた。
「ここは魔界じゃないのよ。さっきのお前の攻撃で、わかったわ。
魔力が弱まるここでなら、お前をたおせるってね。」

人界は、魔界に比べ魔法の源となる成分がはるかに少ない。
だから魔力によるバリアも、魔力による攻撃も当然弱まる。
つまり、魔界より剣技がものをいう世界だと言うことだ。

「ごめんね、あたしが刀を見せてもらおうと思ったばっかりに……。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。」
血まみれの男の前にしゃがみこむ。
ぽろぽろとこぼれおちる涙は、とめどない雨となり、辺りを濡らしていった。
薫瑠はその手を三郎の胸にあてた。
温かく白き光は、次第に眠る男を、そしてこの世界を包み込んでいった。

焼け付く胸。
無理やり目を開く。
俺の部屋、そして俺の布団で寝ている俺?
額の冷たいタオルをどけて、首を動かしてみる。
枕元には、いつもと変わらない刀。
−いや、ちがう−
何故かその柄には青いリボンが結ばれている。
彼女のしていたやつだ。
彼女?
ふと天井を見あげると、白い羽根が、ひらりひらりと落ちてきている。
受け止めて、軽く握ってみる。
−…天使の…羽根……?−
再び目を閉じる。

それから数日後、俺の”いつもの”生活は再開された。
大学に行き、魔物を斬って家に帰る。
そんな”いつもの”生活だ。
そしてあれ以来、彼女に会うことはなかった。
そう、汎歴2001年のあの日まで…。
<了>

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