彼はどうしてるだろうか?
あたしが初めて逢った人間…望月三郎。
この人界のどこかにいる人。
あの日からずっと探してる……。
砂漠の風はいつもながらに荒っぽい。
それでも、その風を心地良く感じる人種がいるのも確かだ。
この男―ファム・シルバーストーン―もそんな人間の一人である。
ベージュのマントとターバン。
自分の腕と腰の剣だけが頼りの無法地帯ではありふれたスタイルだ。
歩きづらい灰白色の砂の上を苦もなく進んでいく。
ふと顔を上げ、向こうからくる人影に目を凝らす。
この世界では油断する者は生きていけない。
用心すること、腕を磨くことは死なない為の最低限の必要事項なのだ。
だが、次第に近づいてくる者から殺気は全く感じられない。
それどころか、気配というもの自体が無い。
小さいのではない。ゼロなのだ。
そしてその姿は…。
「て、天使…?」
白く浮かび上がるシルエット。全てを包み込むかのような大きな翼。
しかしそれはほんの一瞬のことだった。
まばたきしたファムが見たのは奇妙な格好をした少女。
14,5歳であろうか。なんとも場違いなセーラー服を着て、
時折、ショートヘアーの髪とスカートを大きくなびかせながら
お気楽な表情で歩いている。
そして不思議な事に、服はおろか靴下にも砂粒ひとつ付いていないように見えた。
彼女もファムの存在に気づいたらしく、大きな瞳をこちらに向けてくる。
「ねぇ、もしかしてきみは天使なのかい?」
余りにも唐突なファムの言葉。
こんな突拍子のないことは、そうそう聞けるものではない。
だがその少女は、ちょっと首をかしげて不思議そうな瞳でこう聞き返すのだった。
「なんで、そんなことが分っちゃうの?」
からかっている訳ではない。これが彼女の本心だった。
―普通の人間は気づかないはずなのに変ね。三郎だって…―
「じゃあ、本当に天…」
その時、ファムは不意に何かが揺らめくのを感じた。気配だ。
目の前の少女のものではない。相変わらず彼女の気配は皆無である。
その背後、1メートル程のところで、空間が歪み、
そこから膨大な殺気が漂い出ているのだった。
少女の手がファムの剣の柄にのびる。
熟練の剣士である彼でさえ、あまりの速さにどうすることも出来ない。
自分の剣を奪われるというのは、ほぼ死に等しい。
だがファムには、そんな事を考えるいとまさえなかったのだ。
微かな刃音をたてて剣を引き抜く少女の動作には一点の曇りもない。
剣を抜いた勢いで、左足を軸にすらりと半回転。
そして、やや古ぼけているが研ぎ澄まされた刀身は
横一文字に、徐々に人型をとっていく背後のモノへと導かれる。
彼女を追って魔界から来たモノはそれに対し、
極限まで高めた殺気を無数の黒い光弾に換えて打ち出す。
そして、それぞれが必殺の念を漂わせつつ、少女の体を貫いてゆく!
剣が悪魔に到達する数センチ手前だ。
ファムの心に冷たいものがこみ上げてくる。
しかし、そんな彼も流れ弾をかわすので精一杯だった。
―そんな…何なんだ、これは…―
そんな気持ちを消し飛ばす事態が起きたのは、一瞬ののちだった。
悪魔のさらに背後に出現した少女が、魔力を使い果たしたそいつを
頭から一刀両断したのだ!
傷一つない彼女の手には青白い光を放つ、ファムの剣があった。
「そうよ。だから悪い奴に狙われてるみたいね♪」
眩しい程の笑顔。
瞬間移動は奇襲に向いているが、現実空間に出現する際には
完全に実体化するまでどうしても力が制限される。
そのため出現中に攻撃された場合、全力で反撃して完全実体化までの
時間を稼がねばならない。普通の者はそうするのである。
彼女が目をつけたのはそこだ。
敵の反撃を幻像で受けつつ背後に回り込み、攻撃直後の一瞬の隙に倒すのだ。
魔的要素の希薄な人界では魔法による障壁も当てにならない。
油断している奴なら、魔法コーティングした人間の剣でも十分に斬れる。
一撃で絶命させることなど造作もない。
人界での放浪と、魔界からの刺客との度重なる死闘により、
天界にいた時以上に彼女の剣技と戦術に磨きがかかっているのだった。
望月三郎を探す旅は、将来の剣天使にとって大いなる糧となる。
「もし君が本当に天使だったら……俺の天使になって欲しいんだ!」
こんなことを真剣な眼差しで告げる。彼の本心である。
普通に考えれば誰でもプロポーズと取れるセリフ。
だが、彼が意図しているのは全く別のことであった。
「俺はこの砂漠で生まれ育った。そして今も剣一本でここを渡り歩いてる。
ここは酷い環境だが、なにより自由だ。
俺はそんなここの土地がたまらなく好きだし、性に合ってると思う。
ところが最近、ここにやってきた周辺4国のせいで自由ってものがなくなり
かけてんだ。奴等はこの土地をめぐって戦争を繰り返してるが、
ここの人々の生活を脅かすだけでらちがあかない。
そのくせ、戦争の為に俺みたいな流れ者を無理矢理、軍に編入する。
拒否すれば殺されるし、入ったら入ったで、最前線で使い捨てだ。
まぁ、俺は4国全部覗いて来て、ことごとく脱出してきたがな」
そこで初めて笑いをこぼすファム。
一方の少女はさっきの戦闘で少しだけ乱れた前髪をいじっている。
さらに話は続く。
「だが奴等は、まじめにこの土地を取る気なんて無い。
お互いの顔色を覗いながら、適当に軍をぶつけ合ってるだけだ。
ご覧の通り、ここには砂以外になーんにもありゃしない。
だからここを占領する価値なんてありはしないんだ。
それなのに奴等は自分達の気晴らしの為だけに、ここで戦争をしやがる。
他になんの意味も無い。ただの気晴らしだ。
適当に人間を殺しあわせて、適当に略奪させて、適当に破壊させて、
それでもって、飽きたら、はいおしまいって訳だ。
こんな事をもう5年以上繰り返してやがる」
苦々しげに語り続けるファム。
その話に、少女は多少引っかかるものを感た。
意味もないのに気晴らしに殺し合わせてる?
彼の言う4国のしていることは、天使が人間や悪魔にしていることと
通じるものがあるのではないか。
人間や悪魔を弄び、殺し、殺し合わせ続けてきた天使。
それは打倒されるべき対象なのだろうか。
そしてグロスター城が陥ちたのは必然だったのだろうか。
では、天使である自分は、どうしたらいいというのだろうか……。
そんなことを知りたいような気がしてきた。
「ふーん、それでどうなったの?」
少女が話に興味を示したようなので、さらに続ける。
「だから俺は、奴等をこの砂漠から追い出したいんだ。
そしてここに自由を取り戻す。
それから4国を叩き潰して、二度とここに手を出せないようにしてやる!
これが俺の野望だ。必ず成し遂げてみせる」
ここで少し間をおく。
「そこで君に協力して欲しいんだ。
さっき初めて君を見た時、俺には天使にみえた。
そして、君がいれば何かデカイことが出来そうな気がしたんだ。
何故かは分らない。でも不思議とそんな気がしたんだ。
だから、頼む。
俺の闘いに付き合ってくれ!」
真摯な眼差し。熱い口調。
それは無気力な凡百の人間どもとは明らかに異なる姿だ。
少女は、彼の行く先に天界の未来のすがたがあるような気がした。
それを自分の目で見てみたい!
そして…。
「いいわよ。協力してあげる。 そのかわり、2つ条件があるの。
まず、あたしが天使だってことを知らないことにしてね。
あたしもこれからは、もっと人間っぽくするから。
それから、あたしの人探しも手伝ってね」
いいながら三郎の似顔絵を見せる。
「ああ。それじゃあ、これからよろしくな。
俺はファム・シルバーストーンだ」
「うん。あたしは真堂薫瑠よ。よろしくね」
かくして、後の砂漠王ファムは大いなる協力者を得て、
統一への一歩を踏み出していった。
彼らが4国のひとつ、マムール国を手中に収めるまでには
まだ1年もの月日を要することとなるが。
相変わらず強い風の中を二人は歩んでいく。
ファムは自分のマントを脱ぐと、それを薫瑠の肩にかけてやる。
「えっ、あたしはなくても平気だよ」
ちょっとびっくりして言う薫瑠。
「砂漠を歩く”人間”はみんなこれを着るんだよ」
ちょっと照れくさそうに言うファム。
いくら天使だといっても、薫瑠の言動は人間の少女そのものだ。
くすっ、と笑うと長いマントをしっかりと羽織る。
「ありがと。じゃあしばらく借りとくね♪」
少し引きずりながらも、足取り軽くまた歩き出す。
そのあとを、やや遅れてファムがついていく。
「やれやれ。我ながら、すごい天使をみつけたものだ…」
この二人が、各国を恐怖のどん底に叩き込むのは
しばらく後のおはなし…。
<了>