GROUNDER−地を這うもの−

気まぐれな風が砂塵を舞い上げ視界を閉ざす。
こちらに向かっている男はそれを気にする様子もなく、煙草などふかしている。
こちらで夕日を眺めている男はしかし、それに気付いてはいないようだ。
「あんたか?賞金首って」
その言葉を聞いてやっと振り返る。”またか”という表情がありありと覗える。
「あんた、銃弾をも止める白刃取りの達人らしいな。俺のを受けてくれないか?」
やってきた男はそう言うと、片手で腰の太刀を引き抜く。
着物姿に太刀を指した、この辺りでは見かけないおかしな男だ。
しかも太刀と一緒に拳銃もぶら下げているのだ。
よっぽど好きらしく、左手はまだ煙草を持っている。
一方相手の方は、やや腰を落として構えをつくる。
白刃を見ても動じないのは、それなりの腕の持ち主だからだろうか。
しばしの沈黙。夕日はもう9割がた沈み、今日最後の光となりつつある。

不意に動いたのは着物の男だ。
一気の踏み込みから脳天に死の斬撃を浴びせかける。
片手にもかかわらず、異様なまでに速い。
夕日を浴びた金色の一刀はしかし、目標の手前で速度を失う。――白刃取りだ。
両の手は確実に白刃を受け止めている。無口な男におもわず笑みがもれる。
あとはいつも通りだ。驚いている相手の急所に自慢の拳法を叩き込めばいい。
そしてまた、賞金額が上がるというわけだ。
だが、今日はいつもと違っていた。
相手が驚いていないのだ。それどころか余裕の笑みさえ浮かべているではないか。
そして驚くのはむしろ彼の方だった。
太刀を握ってるはずの相手の右手が、彼のあごを打ち砕いたのだ。
「今のショックでお前の”義手”は、もう動かないだろ」
あいかわらず煙草をもてあそび、そんな事を言ってのける。
「…な…なぜ俺の腕が…マシーンだっ…て分かった?」
血まみれの口はかろうじて言葉を吐き出す。

マシーン―前時代の遺産の一つである。
機械にあらかじめ一定の動作をプログラミングしておき、
ワンタッチで複雑な動作を再現できるようにしたものである。
以前は家庭用機具からHA(へヴィーアーマー)と呼ばれる巨大人型兵器
にまで使われていたが、いまではあまり残っておらず、HAも全て廃棄された。
彼のものは”両手を合わせる”という単純なプログラムである。
しかも、対衝撃防御が甘い。

「ただのカンだな」
その左手に煙草はなく、黒い拳銃が握られている。
「ずいぶん手際が…いいな。とうとうギルドから殺し屋が…来たって事か」
灰白色の砂の上で身をよじるが、壊れたものはもう動きはしない。
「殺し屋?違うな。俺はただの配達業者さ」

闇にこだまする銃声。
夕日のかけらはもう、ない。
灯りはじめた街の明かりは勝者のシルエットのみを映しだす。

「またせたな」
足場をよじ登り、助手席に乗り込む。
大型のホバートレーラーだ。空の荷台にはシートが掛けられているだけである。
「便所にしてはずいぶん長かったな、鯨(けい)」
入ってきたのはさっきの着物男だ。
鯨と呼ばれたその男は、着物のすそと草履をはたきながら答える。
「あぁ、ちょっと腹の調子が悪くてね」
「ふぅん」
運転席の男は軽く前髪をかきあげる。
癖なのだろうか、ハチマキでもち上げていても、まだ気になるようだ。
「そう言えばトラスにもらった”護身用”の銃、ちゃんと役に立ったぞ」
砂を落とし終わり、ドアを閉める。
「だから言ったろう。おまえみたいな奴は”護身用”の銃を持っとけって。
それと、副業はほどほどにしとけよ。
明日の朝までにコーランに着かなきゃなんないんだからな」
「ああ、そうだったな。それじゃ、そろそろ本業を再開するか」
ダッシュボードのサングラスをかける鯨。
「やれやれ」
トラスはもう一度前髪をかきあげると、キーをいっぱいに回す。
静かなエンジン音と心地良いゆれが2人を包んでゆく。
今日の仕事はまだ終わらない。

3つの国が国境を接する砂漠地帯、ファームスベルト。
砂と風と、恐るべきギルドしかないこの土地で、配達屋は走り続ける。
あらゆる困難をその手で斬り裂いて……。
<了>

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