「で、なんであたしたちが偵察に出ないといけないワケ?」
通信から女の声が入ってくる。
縦に並んで歩く2機は有線ケーブルで繋がっている。
これを通しての通信は傍受されない為、偵察時には非常に有効である。
「きのうサルーン実験基地で招集がかかって、乗り物ごとこっちに運ばれて、
今日さっそく出撃でしょ。
せっかく休暇を楽しもうと思ってたのに…」
「まぁそう言うなよ、リン。司令部のほうも大変なんだろ。
それに、相手が通常兵器なら叩き潰せるし、
HAだったらこいつじゃなきゃ話になんないんだし、まあ、よしとしろよ。
休暇なんか来週だって構わないんだろ?」
「でもぉ…」
なおもゴネるリンをなだめながら、男―ハワード―はこう考える。
国境地帯に実験中のHAを出すなんて、
こりゃぁ、今日奴等が攻めてくるんじゃねえか?
クレスター司令の勘はよく当たるからな…。
機内の時計ではPM2時27分。
国境地帯まで30キロといったところだろうか。
高さ12メートルの蒼き巨人―HAコーネリア―は、
森をかき分け静かに前進する。
リンから敵発見の報が入ったのは2時49分。
機動力と攻撃力に重点を置いたハワード機に対して、
リン機は索敵と解析能力を強化してある。
そのため彼女が先に気づいたのである。
「でも、HAらしい反応が7…8、まだ増えるわ。これはまずいわね」
だが”まずい”で済む状況ではない。
HAの数の差はそのまま戦力差だと考えられているからだ。
不可侵の国境地帯内を接近してくる敵は結局、
戦車等30輌、HAが15機と判明した。
こちらの退去勧告に応じる気配はない。
そして2時59分、こちらの領土まで10メートルの地点で停止した。
「いいかリン、多分あと1分で”戦争”が始まる。
政府に宣戦布告が届くはずだ。
とりあえず君は基地に戻って敵のことを報告しろ。
俺はその間、時間を稼ぐ」
「でも、15機もいるのよ。それに…」
「リン少尉、これは命令だ。頼んだぞ」
こう言われては、仕方がない。
「…了解しました。ご武運を、中尉…」
有線ケーブルを排除してホバー走行で全力離脱するリン機。
この時、ハワードの決意は既に定まっていた。
奴等のことだ、こっちの15機は陽動で、本隊が首都を陥とすつもりだろう。
そうなるともう、コーネリアでHAハウレスと戦うことは出来なくなる。
HAは没収だろうし、俺も解放されないだろう。
”あいつ”との約束を果たすチャンスは今しかない!
3時00分。宣戦布告がフロウ国に通達される時間。
だが、侵攻開始の直前、目前の蒼きHAから通信が入る。オープン通信だ。
「そこに集結しているバウバード国の諸君。
俺はフロウ国陸軍第23実験部隊隊長、ハワード・クレストスだ。
貴公らの一人に、戦闘前に余興を手伝って欲しい。
俺とのサシのHA戦だ。どうだ、誰か受けてくれないか?」
バウバード軍に緊迫した空気が漂いはじめる。
確かに予想はしていた事態だ。模擬戦も何度かしているが…。
史上初のHA戦―命と国運を賭しての―が遂に始まるのだ。
この重圧が全員の心にのしかかって来る。
3時05分。1機のHAが前に出てくる。
左肩には火炎を突き抜ける豹のマーク。隊長機だ。
ダークグリーンのボディー。とんがり頭にゴーグルタイプのセンサーアイ。
両腕のラウンドシールドと腰の刀。
紛れもない、近隣4国を2週間で制圧した恐るべき巨人、
ルシファー配下の72魔神の名を冠する、HAハウレスである。
「お相手願おう。甲斐路流師範、斎城 倉(さいじょう くら)だ」
パイロットはそれだけ告げると、ライフルを捨て、シールドを強制排除する。
対する蒼き女神も、ラージシールドを投げ捨て、ブロードソードを抜き放つ。
曲線で構成された細身のボディは、兵器というより芸術品を思わせる。
装甲板の縁取りに使われている金色がひときわ輝き、優美な印象を高めている。
それでいて、底知れぬ強さを漂わせる、そんな不思議なHAである。
500メートルほど離れて対峙する2機は、
エンジン音を高めるだけで、なかなか仕掛けようとはしない。
エネルギーをプールし、発進と加速にすべてをつぎ込むためである。
両機のエンジンの排気が木々を揺さぶる。
あるいは葉を散らされ、あるいは枝をあらぬ方向に捻じ曲げられる。
だが、なおも回転数を高めるエンジン音は、相変わらず静かだった。
正眼に構えるHAコーネリア。
腰の刀に手を掛けているが、いまだに抜かないHAハウレス。
時間と空間は、あらゆる物に対し平等に静止していた。
ふいにコーネリアが八双に構え直し、疾走する。
均衡は破れたのだ!
ハウレスも呼吸を合わせて、突撃。
鞘と鍔(つば)の接合部分の爆砕ボルトが作動し、刀身が勢いよく飛び出す。
その加速を損なうことなく、刀を導く右手。
敵を瞬時に滅する軌道を描いてゆく。
マシーンでは再現できない、HAによる居合い抜きである。
そして……激突―亜音速の怪物が角を突き合わせるとき―
互いの剣が、甲高くも重々しい音をたてて叩き付けられる。
ハウレスの斬撃は、すんでのところで受け止められている。
マシーンによる最小動作が、居合いのスピードにかろうじて追いついたのだ。
衝撃波が地面を抉り取り、戦車をことごとく粉砕してゆく。
固唾を飲んでいた他のHAでさえ、装甲を切り裂かれるくらいだ、
中心の2機は前面の装甲板の、実に5割ほどを失うこととなる。
森は円形に開け、根ごと抜かれた木は、彼方へと飛び去った。
美しかった国境の森林地帯は無残な姿に変わり果てている。
両機の戦いは、地面に脚部クローを突き立ててのつばぜり合いに移る。
先制攻撃で優位に立ったハウレスだが、
パワーで勝るコーネリアに徐々に押し返される。
エンジンの回転数は相当高いはずだが、それでも足は後方へと滑っている。
衝撃波で削られた地面では、クローを使っても踏みとどまれなくなる。
「くっ」
ハウレスを大きく後方に跳躍させる、倉。
だが、敵の追撃は激しい。
飛来する4個のF−ブリットを刀で打ち払う間に、間合いを詰められる。
そして、すさまじいスピードで打ち込みを繰り返してくる。
マシーンを用いた攻撃なので、一撃一撃は単調だ。
だが、その組み合わせとタイミングの妙が
熟練の剣士の技を超える攻撃に変えるのだ。
「つ、強い。
先ほどの居合いの受け方といい、今の攻撃といい、無駄が全くない。
マシーンでこれほどの事をやってのけるとは…」
バウバード国のHAはマシーンを歩行、射撃等には用いているが、
白兵戦には対応させていない。
斬り合いはあくまで、剣士の技で決するものと考えられているからである。
そのため必然的に、倉のような剣の達人が
HAのパイロットに選ばれるわけである。
だがHAコーネリアは、パイロットの剣技をマシーンで補えることを証明した。
もちろん、ハワード中尉の戦闘プログラムの優秀さがあってこそなのだが…。
再び防戦一方となるHAハウレス。
初めは足さばきと手の動きだけで防いでいたが、そうもいかなくなってくる。
地面を噛んでいた足の左右3本づつのクローは既に1本づつであり、
もう踏ん張りは利かない。
両腕の駆動部は先ほどから悲鳴をあげており、
いつバラバラになってもおかしくない。
刀も、ところどころに刃こぼれが生じ、満身創痍の落ち武者の様相である。
それでも歴戦の勇士は冷静さを保っていた。
「これだけの攻撃をしていれば、向こうのエンジンが先にダメになるはずだ。
このまま耐えていれば負けることはあるまい」
確かにHAコーネリアの打ち込みは、初めに比べ威力が落ちてきている。
それもそのはず、いくら強力なエンジンを積んでるからとはいえ、
エンジン出力以上のエネルギーで攻撃しているのだ。
プール分が尽きた時点でエンジンは、
エネルギー需要に耐えられずに停止あるいは爆発するだろう。
もちろんエンジンへの負担を減らせばいいのだが、
ハワード機にその気配は見られない。
「黙っていれば向こうの自滅。だがそれは、彼の本意ではあるまい。
…それにしても、何という執念だ」
―執念―そうだ。
俺は奴を、HAハウレスを倒さねばならない。
死に際のあいつに、俺はこう言ったんだ。
『お前の設計と俺のプログラム。
コーネリアならHAハウレスに勝てる。俺が必ず倒してやる。
だから、それを見るまでは死ぬんじゃないぞ』
……結局、高麗は死んだ。
だが、約束は生きている。そう、生きているんだ!
そして、それを果たす時は今!!
ふいにHAコーネリアの攻撃が勢いを取り戻す。
エンジンはいよいよ異音をたて、かすかに煙もではじめている。
それでも、剣は止まらない。
マシーンにもパイロットの覚悟と気迫は確かに宿っているのだ。
HAハウレスは一撃ごとに、はね飛ばされそうになる。
パイロットが倉ほどでなければ、たたっ斬られているところだろう。
そして、ついにHAハウレスの左腕がへし折れた!
理屈を超えた、予想以上の攻撃である。
「もう、彼の命に応えるしかないのか…」
ここへ来て、倉も意を決する―武人としての一撃勝負だ―
再び後方へ跳び退くハウレス。
先と同様にF−ブリットを放ちつつ追うコーネリア。
極限状態のエンジンをふりしぼる。
ここでハウレスが仕掛ける。
着地の反動を生かしてコーネリアの頭上に跳び上がったのだ。
両脚に被弾しながらも右腕一本で愛刀を振り下ろす。
こちらの機体も空中分解寸前だ。
対するコーネリアも渾身の力で斬り上げる。
この瞬間、2機のHAが初めて相手のボディーに一撃を加えた!
激しい金属音の余韻が長い長い尾を引く。
敵の遥か後方に着地するHAハウレス。
斬り飛ばされた右腕は、乾いた音を立てて地に落ちる。刀は握ったままだ。
胸部装甲を穿った傷はコックピットにまで達していた。
両膝が砕けて、豪快に尻餅をつく。F−ブリットの影響である。
だが、倉は生きていた。
装甲の裂け目から入り込む風が頬を撫でてゆく。
触覚から、自らの生存をようやく確信する。
「……終わった。あれが未来のHA、新たなる敵の姿か…」
敵を討った姿勢のまま走行するHAコーネリア。
速度も全く変わっていない。
違いといえば、深々と斬られたエンジンが激しい火炎を上げているくらいだ。
その火炎が極大に達する。
爆発。轟音。蒼き女神は火球に消えた。
コーネリアは世界で初めてHA戦を行い、
そして敗れたHAとして歴史に、人々の記憶に刻まれることとなる。
背後で大きな音がし、視界が赤く、そして白く変化してゆく。
自分が死ぬということが不思議と理解できた。
高麗も死ぬ時はこんな気分だったんだろうか?
「高麗…、わりい。約束守れなかったみたいだ。
でも、リンの機体がまだ残っている。
あいつがきっとHAハウレスを倒してくれるさ。
…そうだ、リン、ちゃんと帰れたかな?
あいつにはなにもしてやれなかった。悪かったなぁ……」
先程までの執念は、うそのように消えていた。
極限の、そして最高の戦いによって心が何かを超越したのかもしれない。
だが、それもどうでもいいことだ、もう…。
戦場から数10キロ。もうセンサーには何の反応もない。
マシーンで歩くリン機は、こころなしか肩を落しているようにも見える。
コックピットのリンは、さっきからうずくまったままだ。
「…あたしのばか。
どうして止めなかったのよ。
何でハワードが一人で残りたかったかなんて、わかってるのに。
そう、わかってるのに。
どうして、…どうして、…まだ伝えることがあったのに…」
あとは声にならなかった。
パイロットスーツにおちる雫はとまらない。
いつまでも、いつまでも――
彼女はこのあと、軍司令官クレスターから
HAコーネリアの設計図、戦闘プログラム、そしてハワードの遺書を託され、
密かに国外へ脱出する。
そして、5年後の鉱都攻防戦ののちに反バウバード連合の先頭に立つ。
HAコーネリアmk−II、タイプhcを駆って…。
PM5時34分、バウバード軍の飛行空母が
フロウ国の首都タイロンに到着。
新型の市街戦用HA、白きラウム5機を降下させてここを陥落させる。
フロウ国首相が降伏を宣言したのは7時59分であった。
バウバードVSフロウの戦争はわずか2時間59分で終結した。
それは悠久の歴史のほんの1ページ…。
<了>