THE BLOOD SWORD

「たっ、隊長!」
「わかってる!」
そう答えたものの、どうすることもできなかった。
あるいは片側3車線の道路に倒れ伏し、あるいは傾いたビルにめり込むようなかたちで
機能停止している部下のへヴィー・アーマー。
なかにはエンジンを爆発させて、跡形もなく消滅した機体もある。
硝煙と瓦礫の中に立つのは彼のHAハウレスのほかにはHAラウムが一機だけである。
そして残りはすべて敵…。

祖国が降伏してからもう半月が過ぎていた。
数ヶ月前の戦場であったこの街をアジトにして、
ゲリラ的抵抗をしていた彼らバウバード軍残党だったが、
ついに今日、反バウバード連合に嗅ぎ付けられてしまった。
6機で迎え撃ったものの、敵はコーネリアMK−II量産型を中心にした12機のHA。
数がものをいうHA戦、勝負は既にみえていた。
反バウバード連合のHAは、搭載されている優秀な戦闘プログラムによって
バウバードの剣の達人たちのマニュアル操縦の機体とほぼ互角に闘うことができる。
そうなると、エンジン出力に大きな差がない限り、数が多い方が勝つというわけだ。
実際、彼ともう1人が1機ずつ倒す間に、敵の連携攻撃によって4機が沈められた。
…10対2。もはや万事休すか。
「隊長、指示を!強行突破ですか、あるいは…」
再び問いかけてくる部下に対し、彼は自らの希望を込めてこう答えるのだった。
「持ちこたえろ、奴が来るまで!『血塗られた剣』が到着するまで…」

20分後。HAハウレスは左脚部を斬り飛ばされ、片膝をついていた。
刃こぼれした刀を杖がわりにして上体を起こしてはいるが、
戦闘不能なのは誰の目にも明らかであった。
夜間戦闘用に黒く塗られたボディが、陽光に照らされて鈍く輝く。
左肩の、火炎を突き抜ける豹を模した隊長機マークが虚しい。
…もう彼の率いるべき部下は一人もいないのだから。
敵の隊長機らしいエメラルドグリーンの半透明装甲を持つHAが
長剣を掲げてハウレスの前に立つ。
「間に合わなかったか。…バウバードよ、永遠なれ…」
呟きとともに瞳を閉じた。
そして振り下ろされる長剣…。

そのときである。
不意に響く鋭い切断音。そして大地を震撼させる轟音が二つ。
見れば、最後尾に控えていた3機のHAドールトンのうちの2機が
高層ビルの残骸の中に倒れ込んでいる。
そしてその傍らに立つ1機のへヴィー・アーマー。
通常のHAより一回りほど大きな、くすんだ暗赤色のボディ。
鬼面を思わせるような凶悪な面差し。
そしてなにより、肩に担がれた全長15メートル余りの野太刀。
「なに!?」
残党軍の最後の1機に止めを刺そうとしていたパイロットが呟く。
この討伐隊の隊長であり、歴戦のHA乗りである。
「一体どうなってるんだ?」
だが、驚きつつも冷静に指示を飛ばす。
「全機こちらへ。フォーメーションを組み直せ!」
そしてセンサー強化機のパイロットに問いかける。
「レーダーはどうしたんだ!」
「敵はステルス機だったようです。ですがそれ以上にスピードが…」
接触回線で送信されてきたデータによると、
確かに接近するまでレーダーに引っ掛かっていない。
だが、普通なら十分に迎撃可能な距離であり、それ自体はなんら問題ない。
問題は”敵”が普通ではなかったことである。
そのスピードは通常HAの最大戦速の2倍を優に超えており、
こちらが接近に気付いて反応する前に一気に2機を撃破したのである。
「まさか、こいつが最近話題の『血塗られた剣』か!?」
その言葉を聞いた瞬間、部下達のあいだに緊張が走る。

―血塗られた剣(THE BLOOD SWORD)。
ここのところ連合軍のパイロットが最も恐れているHAである。
どこからともなく現れ、その圧倒的な性能をもって連合軍のHAを
たった1機で次々と薙ぎ払っていくのだ。
そして何よりも恐ろしいのはその常軌を逸した戦法である。
機体全長よりも長い野太刀を以って、HAのコクピットを切り裂くのである
…中にいるパイロットもろともに。
HA用の剣を人間の血で染め上げるもの。それが『血塗られた剣』の通り名の由来である。
そのパイロットは、執念深いバウバードの生き残りとも、
猟奇的な殺人狂とも言われているが、実際は明らかになっていない。
ただ、ひとつだけ確かなことは、彼の乗る『血塗られた剣』と闘って
その剣に血を吸われなかった者はいないということである。

だが、怯んでばかりもいられない。
この怪物HAを倒さなければ生きて帰還できないのだから。
1機だけ残ったドールトンのH.W.C(へヴィー・ウェイト・キャノン)が咆哮する。
対HA用の実弾兵器である。
直接攻撃以外をことごとく弾くHAの装甲を、巨大弾丸の質量によってひしゃげさせる、
という強引な発想から生まれたものだ。
鉱都攻防戦の直前にバウバードが実戦投入したもので、
今では連合軍もドールトンのような、これを装備したHAを保有している。
脚部などならたやすく破壊でき、コクピットに直撃しようものなら
中のパイロットは押しつぶされてほぼ即死である。
それでも当たらなければ意味がないのは、何でも一緒である。
敵は苦もなく致命傷になり兼ねない弾丸をかわしてゆく。
2発目を放ち、3発目を装填中のドールトンに肉薄する『血塗られた剣』。
あわてて間合いを取り、剣を抜こうとするHAドールトン。
だが、H.W.Cを抱えたままではどうしても動きが鈍くなる。
そしてそれを強制排除をする間もなく、振り下ろされる野太刀にあっさり両断される。
腰の剣を鞘から抜くこともできずに、爆光に消えるHA。
そのただなかに立つ残忍な殺害者の顔は、揺らめく焔の向こうで
笑っているようにさえ見えた。

「こいつ…!」
続いて攻勢に出たのは3機のHAコーネリアMK−II量産型だ。
連合軍得意の3角陣形で突撃する。
先頭の1機が敵と鍔迫り合いする間に後方の2機が左右から
斬り付けるという、対強敵用の陣形である。
卑怯と思うかもしれないが、剣豪ぞろいのバウバードと戦い、その侵攻を止めるには、
これくらいはやらねばならない、というのが連合軍の事情である。
「くたばれぇ!!」
そしてコンクリートの破片を足のクローで踏みしめて佇む
血色の魔神に1機目が抜き付けの一撃を放つ。
乾いた金属音が疾風と共に辺りに響き渡る。
噛み合う真剣と真剣。
せめぎ合う力と力。
音としてのエネルギー喪失の少ないエンジンが静かに、
それでいて力強く唸り、互いを威嚇しあうかのようだ。
永遠を凝縮したような数瞬の接触。
と、不意に体勢を崩すコーネリアMK−II。
両足の計6本のクローはしっかり大地を掴んでいても
上体の方が『血塗られた剣』の圧倒的な怪力に押し切られたのだ。
マシーンが作動してすぐに立て直しにかかるが、既に遅し。
僅かに引かれた野太刀は、さも当然のように
敵機のコクピットとエンジンを横一文字に叩き斬った!
そしてそのまま、自らが巻き起こした火炎の中を駆け抜ける『血塗られた剣』。
後続2機が攻撃地点に到達した時、そこには倒すべき敵はなく、
ただ味方HAの燃えかすが燻るのみであった。
思わず呆然と立ちすくむ2体の巨人。
だがそれも無理からぬことであろう。
…ついさっきまでいた戦友は無残な死骸を誰にもさらすことなく
黒煙に溶けて天へと昇ってゆくのだから。
それでも不毛な戦いは静止することを知らなかった。
そんな2機にもすぐに死神がおとずれる。
反転してきた死神の長大な刀は、鮮やかな半円を描く間に
新たに2つの異なる血をすするのであった…。

強い。
そう言ってしまえばそれまでなのだが、
心情的にはどうしても納得できない。
「何故だ…」
確かに戦闘データが示す通り、奴の性能は普通のHAの数倍であろう。
そしてパイロットもかなりの腕前のようだ。
だが、たった数分の間に6機も沈めるほどなのか?
10対1でも敵わない相手なのか?
そして、どうして”あんな”戦い方をし続けるんだ?
様々な疑念が頭の中を駆け巡る。
それでも、嵐が去ったあとにはたった一つの答えが浮かび上がってきた。
すなわち…。

「『血塗られた剣』よ、話がある。」
オープン回線で呼びかける声の源は、エメラルドグリーンの機体だ。
半透明装甲が光りを乱反射させて幻想的なヴェールを纏っているかのようである。
洗練されたプロポーションを持つ細身のボディは、鋭角的でありながら
気品に満ちているような印象を与える。
だが、それもそのはずである。
「私は、スエイン王国王冠騎士団に所属するウォルター・ヘリオスだ。
貴公と決闘をしてみたいのだが、よろしいか?」
長剣を地面に突き立てて、大音声で名乗りを挙げる。
残った部下を無事に帰還させ、敵のデータを連合本部に届けるには
これしか思いつかなかった。
そして、自分は『血塗られた剣』を足止めする。…いや、倒すのだ。
王冠騎士団の一員としての誇りに掛けて、倒さねばならないのだ。
HAの性能の差は言い訳にはならない。
スエイン王国400年の伝統と栄光をここに示すのだ。
目の前に聳え立つ恐怖の象徴が、何を考えているどんな奴だろうと
そんなことは関係なかったのだ。

廃虚の街を吹きぬけてゆく微風は、道路沿いの並木の葉をそよがせる。
人の消えてしまったここで、僅かに残っている、儚いいのち。
巨人たちが闊歩するようになっても、ひっそりと生き続けているのだ。
そんな葉がパッと散る。
かすめていったのは、やはり巨人の脚である。
『血塗られた剣』は返答をする代わりに、野太刀を構えて一歩踏み込んだのだ。
そしてその顔は、やはり笑っているような―
―そう、殺し合いを楽しんでいるかのような表情をしていた。

敵の了承の意志を汲み取ると、ウォルターは部下たちに撤収命令を出した。
自分一人で勝てるという自信があるわけでもないが、
これまでの戦闘を見る限りでは、部下たちの実力ではアシストどころか、
生き残ることさえできないだろうと判断したからだ。
それに、万が一負けた時の為に、データを持ち帰らせる必要もあった。
敵の動きに警戒しながらも、渋る3機のコーネリアMK−IIを送り出す。
そしてそれらがレーダー範囲から消えた瞬間、
宝石色の麗人―HAガーランド―は『血塗られた剣』を真っ向から睨み付けた。
右肩には連合軍を表わす白百合のマークが、
左肩には輝く王冠のマークが刻み込まれている。
スエイン国王の親衛隊である王冠騎士団員にのみ与えられる、
史上最も美しいといわているHAがこのガーランドなのである。

長剣を掴むと全速力で間合いを詰めてゆく。
エンジン出力に大きな差がある以上、待てば待つほど不利になる。
ましてや、エネルギーをプールしての一撃勝負などもってのほかである。
早く、速く…。その想いがHAガーランドを極限まで加速させていった。
対する『血塗られた剣』は、その勢いに臆する様子もなく一度立ち止まると
その強力なエンジンを一瞬だけ全開でふかす。
そして、肉薄するガーランドに向けて大きく踏み込むと同時に
長大な野太刀を振り抜き、横一文字に虚空を切り裂く。
まさに剣と剣が交わる刹那、ウォルターは機体を右にスライドさせる。
なんでもない。ただ悪い予感がしたのだ。
これまで様々な戦いを生き抜いてきた彼の、直感的行動…。
そしてその左脇をかすめていったのは、死を呼ぶ斬撃と、
それに付随して発生した圧倒的な追衝撃波!!
吹き付ける烈風に散る腰部装甲板はまさに無数に砕けた宝石のようである。
そして光に包まれた半透明の破片は、ひらひらと灰色の世界へと舞い下りていった…。

「なんてこった。あのわずかなチャージで音速剣を繰り出したというのか!」
悪態をつくウォルター。そのヘルメットの中を冷たい汗が流れ落ちてゆく。
―直接剣を交えていたら終わっていた―
衝撃波で腕を吹き飛ばされ、次の斬撃でコクピットごと真っ二つ…。
そんな悪夢を回避し得たのも、ひとえに彼の経験の賜物であろう。
そして一瞬で頭を切り換えて、大技のあとで硬直状態の敵へ斬りかかってゆけるのも。

今度こそ互いの剣が激しく交わる。
必殺の一撃をかわしたウォルターは、かえって冷静になっていた。
大振りの野太刀を巧みにいなすと、一歩づつ敵を後退させてゆく。
相手のもっとも力の入る点をずらし、そこに自分の全力の剣を叩き込んでいるのだ。
前に進むHAガーランドと、後ろに下がる『血塗られた剣』。
先程とは一転した展開。どちらが優勢かは一見すればわかるところである。
やがて『血塗られた剣の』背後に灰白色の巨大な直方体が迫る。
もはや後がない、というわけである。

だが、血色の巨人のしぐさに何ら変化はなかった。
焦りを感じているのはむしろ攻めているウォルターの方である。
というのも、押してはいても、それはギリギリのバランスの上に
成り立っているものだからである。
まともに打ち合えば、勝ち目がないのは明らかだ。
それでなくても敵の圧倒的パワーに機体各所の関節がまいってきており、
ビルまで敵を押さえ込めるかはかなり怪しい。
「…くっ、ここまでか」
と、同時に長剣が手から離れる。
跳ね飛ばされたそれは、大きく弧を描いて遥か後方、
踏み荒された森林公園の跡地の方角へと消えていった。

今までの抑圧から解き放たれ、野太刀を豪快に振り抜く『血塗れれた剣』。
そしてその懐に飛び込むHAガーランド。
左腕に装備された捕縛用の硬質ワイヤーが自分と敵の機体を一つに締め上げる。
右腕の袖の部分からヒートナイフを取り出す。
その赤熱した刃を密着した敵機のコクピットへ…。
そう、これこそがウォルターの苦肉の策である。
何がなんでも間合いの内側に入り、そのまま一撃で撃破する。
敵に近距離用の武装があれば一巻の終わりだが、もはや敵のパワーをしのぎきれない以上、
これしか彼に命運を賭けるべき手段はなかった。
身じろぎする『血塗られた剣』。それでも絡み付いたワイヤーはびくともしない。
「卑怯と言うなら、言うがいい。真の平和の為ならどんな事をしてでも貴公を倒す!
そして私も消えよう、HAガーランドと共に。
クラウンナイツの輝かしい伝統を汚さぬ為にも!!」
目の前で十字を切り、右の操縦桿を一気に押し込む。左手が自爆スイッチのロックをはずす。

ヒートナイフの先端が暗赤色の装甲板に触れる。
そして3分の1程突き刺さったところで……止まった。
それはHAガーランドの頭部が二つに割れたのとまったく同時であった。
見れば、至近距離で無理矢理振り下ろされた野太刀が首のあたりまで食い込んでいるではないか!
はばきの少し上、それこそ刃の根元の部分である。
刀というのは普通こんなところで斬れるものではない。
野太刀の重さと切れ味に、『血塗られた剣』の常軌を逸したパワーが乗って
はじめて為し得た荒技であろう。
「く、この化け物め…」
その言葉には自嘲の気配が色濃く漂っていた。
全てにおいてウォルターの想像を凌駕していた『血塗られた剣』。
制御システムを破壊され、自らのワイヤーで緊縛されたHAガーランドは
逃げることも自爆することもできず、ただ振り上げられる死神の鎌を前に
呆然と立ち竦むだけであった。
そして予備電源に切り替わったコクピット内のウォルターも同様である。
ただそこにあるだけ、といった脳には自機の肩にあるサブカメラからの映像が
視覚として流れ込んでくる。
何のことはない。自分に向かって振り下ろされる大きな刀の映像だ。
それから目の前に立つ巨人の腕、肩、首、頭…。
「な、なんだって!」
不意に意識がはっきりする。すべてを放棄した脳が再び回転しはじめる。
敵HAの頭部に刻まれた形式番号は”MHA−000”…。
「鉱都製HAの零号機だと!?」
しかし、その答えは誰も与えてはくれなかった。
活性化した脳は確かに、コクピットの砕ける音と、全長15メートルの刀に身を斬られる痛感、
そして生臭い血のにおいを感じとっていたのだった…。

コクピットとエンジンもろとも、自分を束縛しているワイヤーをブッタ斬ると、
『血塗られた剣』はやすやすと爆心地から離脱した。
いつものことではあるが、エメラルドの結晶をきらめかせながら消えていく
史上最も美しいHAにさえ見向きもしない。
ただその鬼面に妖しい笑みを浮かべ、次なる獲物を求めてまた旅立つのであった。

13時12分。
とある街の郊外に立つのは4機のへヴィーアーマーである。
1機は連合軍の旗機、HAコーネリアMK−IIタイプhc。
そして残りの3機はいずれもスエイン王国王冠騎士団のHAガーランド。
連合軍の最強の4機と言っても決して過言ではない布陣である。
バウバード軍の残党8機を難なく沈めた彼らだが、今日の本当の任務はこれからだ。
「高速移動物体接近。!」
不意にガーランドのパイロットのひとりが叫ぶ。
レーダーの反応では通常のHAの最大戦速の1.5倍ほどのスピードである。
「来たわね」
呟いたのはタイプhcのパイロット。最強のHA乗りとの噂も高い、
雷鳴のグラウシズこと、リン・スイファ・グラウシズである。
数々のHA戦を経て、今では連合軍の旗機を駆るに至っている。
彼女の言葉を合図にしたかのように、背中合せの密集陣形をとる。
だが接近してくる敵は奇襲をかけるでもなく、
彼らの200メートルほど前方でゆっくりとした動作で停止する。
超高速で駆けて来たその後方には、風圧でえぐれた地面に一本の道ができていた。
暗赤色の機体に鬼面のような面差し。そして野太刀。
紛れもない。たった1機で100機以上のHAを撃破してきた怪物―
――悪名高い『血塗られた剣』がついにあらわれたのだ。
「ついにこの日が来たのね。こいつを倒せば本当に戦争は終わるんだわ。
ハワード、高麗、私を守ってね。このコーネリアで…」

一陣の風が大地にそびえる巨人たちの肌を撫でてゆく。
春から夏へと移ろうこの季節の風はほのかに温かく心地良い。
バウバード降伏から2ヶ月たった今、
終わらない戦いはまた新たな局面を迎えているのだった…。
<了>

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