五剣伝−人界編−
第一話〜旅人たち〜

3日前から降り続いた雨はすっかりあがり、
太陽が久しぶりにその存在を誇示している。
ぬかるんだ街中の道を歩く男が一人。
薄汚れたグレーのライトアーマーを着込み、
背中の革製の鞘には、巨大なバスターソードを差している。
長身でがっちりした、薄茶色の髪の男だ。
寝不足なのか、しきりに欠伸をしている。
あてもなく彷徨っているように見えたが、やがて一軒の酒場に消えて行く。

寝静まった町の片隅、聞こえるはかすかな雨音と剣戟の響きのみ。
満を持しての夜襲だったが、向こうも気付いていたらしい。
守備についていた者―おそらく用心棒だろう―を
6人は片付けたが、陽動隊も彼一人になった。
「300リオーネの報酬と食べ放題はオイシイと思ったんだけどなぁ…」
彼に対する守備隊もすでに一人になっている。
赤い鼻緒の草履に色鮮やかな浴衣の黒髪の女。
だが彼女の刀は、既に8人の血をたっぷり吸っている。
「これじゃ割に合わないなぁ」
そう言いながらも、自慢の大剣を大上段に構える彼。

店には、もう何人か先客がいた。
そろいも揃って目付きが悪い。
日も高いうちから飲んだくれている奴等に
ろくなのがいないのは、いつの時代でも変わらない真理だろうか。
紺の着物の男は、入ってすぐ右のテーブルについた。
そこのテーブルの主は9皿目の料理を半分ほど平らげたところだ。
「ここ、いいですか?」
「ああ」
手を止めずに答える。もう10皿目にかかっている。
「マスター、クルミンお願いします」
酒場中が急に騒がしくなる。
クルミンと言えば、この地方の有名な高級酒である。
どう聞いても友好的とは思えない言葉が、霧の如く辺りにたちこめる。
だが、それが晴れるのに数秒とかからなかった。
マスターは飛んできた皮袋を受け取ると、血相を変え
青い瓶とグラスを手に飛んで行く。
高級酒を一口。そして、
「あなた、昨日の人ですね」
正面の男はようやく手を止める。
「おまえは昨日の……女?」

女の刀はゆらりと正眼へ。
そして一気に間合いを詰める。
男も真っ向からこれを受ける。
甲高い金属音と共に闇に咲く火花。
2回、3回、4回、どちらも引かない。
5回、6回、7回…、次第に間隔が短くなる。
そのうちに両者の腕の差が現れてくる。
男が1回攻める間に、女は2回攻撃しているのだ。
―こんな強い相手は初めてかも…―
だが、負ける気はしないらしく一定のリズムを保つ女。
―これは…マズイ―
その焦りが終局を近づける。
大きく後退した男は、バスターソードを肩に担ぎ
ダッシュから渾身の一撃を放つ。
だが、それが振り下ろされたのは、刀が彼の胴を薙いだ後だった。
刀の持ち主は半身の体勢から瞬撃を放っていたのだ。

「私は女じゃなあぁ〜い!」
テーブルをひっくり返す勢いで叫びを発する。
「だって、あんなカッコしてたじゃないか」
「だああからぁぁ、あれは侵入者を油断させるための作せ……」
ここでようやく冷静さを取り戻す着物の男。
「まぁ、あなたたちを無事撃退して、こうして給料が出たわけですから
良しとしますけど。ところであなた、よく生きてましたね」
「ああ、こいつのおかげだ。先祖のモンだけどな。」
11皿目のスープを飲み終わったらしく、スプーンを置いて胴を指す。
確かに横一文字に深くえぐれてはいるが、
そのライトアーマーの持ち主には傷一つないようだ。
「しかし、これにまともにキズを付けたのはあんたが初めてだ。名前は?」
「橘遙(たちばなはるか)と申します」
「ふーん。おれはネロス・クリストフってんだ」

結局、夜まで昨日の事について話し込む。
2人の話を総合すると、こうだ。
2人はライバル店同士の骨董品屋に雇われた。
2つの店は昔から仲が悪く、営業妨害をし合っていた。
それがエスカレートしたのが昨日の事件だ。
ネロスの雇い主は相手の店の家宝―素晴らしき名剣―
を盗み出そうとしたのだ。
だがスパイを通じて情報が漏れ、あのような血の惨劇になった。
最終的には死者25名、重軽傷者0人であった。
ここまではその後町内掲示で発表された内容と同じである。
ところが、おかしな点も存在した。
強奪隊の本隊の生き残りはネロスに、”宝の部屋の守備隊は全滅しており、
そこにいた奴に自分以外は殺された”そして、”自分たちは宝に
近づく事すら出来なかった”と言ったそうなのだ。
それに対して遙は、部屋にいった時には死体のみで誰もおらず、
宝は破壊された金庫のわきに落ちていたと言うのだ。
謎は解けるはずもなく、2人は別れた。
あとには、食い逃げされた(ネロスに)マスターが残った。

朝。
すがすがしい朝。
すがすがしい気分で町を出るネロス。
だが、そんな気分はすぐに吹っ飛んだ。
後ろからいきなり斬撃を食らったのである。
相手は……遙だった。
「何すんだよ、いきなり!」
「何もへちまもありません!!
あなたのせいでひどい目に会いましたよ。
昨日の帰り、あなたと同席していたと言うだけの理由で
借金取りに襲われたんですよ。
あなたの借金まで返せとね。
まぁ、返り討ちにしときましたけどね」
さらに続ける遙。
剣速同様、舌の回転も尋常ではない。
「それにしてもあなた、食い逃げ73件、ツケの未払い397件、
しめて53200リオーネとはどういうことですか!」
だが、悪びれもせずこう答える。
「だってしょうがないだろ、大食いなのは生まれつきだし、
食費に収入が追いつかないんだから。
てなわけで、こうして町中で出入り禁止になったら次の街に行くわけさ。
目指すは王都メルティンだな」
呆れ顔の遥だが、しばらくして、
「ほう、それは奇遇ですね。私も王都を目指してるんですよ。
トウホウに渡るためにね。
そういう事ですから、あなたについて行きますよ。
そして着く前に、あなたを借金取りに突き出して
私の無実を証明してみせます!」
「でも、既に借金取りぶっ飛ばしたんだろ。もう遅いぞきっと…」
すかさず鋭く突っ込む。
「うるさいですね、難ならここで一戦交えてもいいんですよ」
「おれは女とはあんまり戦いたくないんだけどなぁ」
「女じゃな〜い!」
「じゃあ、女装野郎」
「ちっっっがあああぁぁう!!」

こうしてネロスと遙は、しばし同じ道を歩むことになる。
その先にある運命というものについて、2人は知る由もなかった。
<了>

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