五剣伝−人界編−
第三話〜ある人間の日記〜

○月×日
今日も悪魔(たぶんそうでしょう)と遭遇。
6匹のうち、4匹を私が斬り、残りをネロスが片付けるという具合です。
ネロスはシェリーさんを庇いながら闘っているので、まあそんなところでしょう。
それにしてもシェリーさんは不思議ですねぇ。
初めて悪魔を見た時も別に怯えている様子はなかったし、
相変わらず気配というものを全く漂わせていないし。
それでいてネロスに一途なんですよね。
彼女はどこでネロスのことを知ったのでしょう?
本人に聞いても、満面の笑みで『運命ですわ(はあと)』と言うばかりだし、
ネロスも今までに会ったことはないはずだと言っていたし
(もっとも、食べ物しか見てない彼が単に覚えてないだけかも知れませんが…)、
いまいち良くわかりませんね。
まあ一目惚れというのが妥当な線でしょう。

○月△日
今日の悪魔は3匹でした。
どれもあまり強い奴ではなかったらしく、私の3振りであっさり片が付きました。
それにしても1週間に1回くらいの頻度で悪魔に襲われるというのは
一体どういうことなんでしょうね。
それに、人間の都合なんか考えずに襲ってくるのかと思ったら、
街で出たのはハウエルと名乗った一匹だけですし。
この前会った「ファー君」と呼ばれていた悪魔によると
ネロスが持ってる剣を色々な奴が狙っているそうですが、
本当にそんなに大事なものなんでしょうか?
たしかに悪魔だろうと魔法だろうと一刀両断できるみたいですが、
世界を壊すほどのモノだとは正直、信じられません。
そう言えばあのとき貰ったこの刀も魔法の武器みたいですね。
触れただけで相手が赤い霧のように消滅してしまうというのは結構恐ろしいものですが、
日頃から悪魔に襲われる以上、トウホウに渡るまでは我慢して使うしかなさそうです。
純粋に刀として見ると、非常にいい造りをしているようです、コレ。
それにしても柄に結んであるリボン、誰が付けたんでしょう?
何か意味があるような気がして、いまだに付けたまんまなんですが、
その事でネロスに冷やかされてしまうんですよね。

△月□日
何事もなく、無事にホルムスの街に到着。
この街での宿は「鳥の巣箱」という名の、こざっぱりしたところです。
シェリーさんはここでも、宿でお手伝いをするようです。
宿泊費の代わりということらしいのですが、一種の住み込みバイトですね。
シェリーさんみたいな美人がいると繁盛するらしく、
どこの街の宿でも大歓迎されます。
もちろんここも例外ではないようです。
ネロスは柄にもなく『厄介な客にからまれるかもしれないから気を付けろ』
なんて彼女のことを心配してますが、当の本人は嬉しそうに、
『ありがとうございます。でも私はネロス様一筋だから大丈夫ですわ(はあと)』
と言うばかり。まあ、それなら大丈夫なんでしょう…。
それにしても、初めのうちはシェリーさんの一方的なアタックに戸惑っていたネロスですが
(確かに彼女と初めて会った時は、ネロスも私も唖然としてしまいました)、
最近では満更でもない様子です。
仕事の後も宿で夕食を食べることが多くなってますし、
シェリーさんに抱きつかれても振りほどかなくなりましたし。
まあ、あの鈍感で無愛想なネロスもだんだん素直になってきたみたいですね。

△月○日
今日は演劇の役者のバイトをしました。
普段は用心棒や色々な調査の仕事がメインですが、たまにはこういうのもいいですね。
トウホウを舞台にした話で、私は美貌の女剣士という役でしたが、
結構楽しかったです。 お土産に衣装で使った、紺地に蝶の柄のついた着物も貰えましたし。
ただ、これを着て歩いていたら、買い物途中のシェリーさんに会ってしまい
散々笑われてしまいました。『橘さんって女装好きなんですね』なんて…。
もちろん即座に否定しましたよ、そりゃあ。
ネロスにもよくからかわれますが、私には断じて女装趣味なんてありません!
ただバイトの都合上、仕方がなくやってるだけなんですよ!!
確かに嫌いではないし、面白いとも思いますが、
…ってそんなことないですよ!本当にっ!!
まったくもう、みんなで私のことを変態呼ばわりするんですから困ったものです。
彼女にもそんなことを話したら、『えーそうだったんですか。
でも、ネロス様も私と同じ感想だったなんて幸せですわ(はあと)』と…。
シェリーさんってやっぱり、かわった人だとつくづく思いました。
最後に、しつこいようですが私には女装趣味なんてありませんよ!
いたってノーマルですっ!!!

×月○日
カロンの街に着いて3日目。
お仕事が早く終わったので、ネロスと一緒に食べに行きました。
ネロスは例によって店のメニューを完全制覇。
何であんなに食べられるのか、すごい不思議です。
一日の稼ぎ以上に食べるんですから、まあ借金が増えるのも当然ですね。
ちなみに私は、山菜の煮物をつまみにクレードを呑みました。
やはりこの地方に来た以上、幻の157年物のクレードははずせません。
ネロスは『酒ばっか呑んでないで食え!』なんて言いますが、
食べることしか考えてない彼に言われたくはないですね。
そして、ネロスより早く撤収。
彼はどうせ食い逃げかツケの踏み倒しでしょうから…。
まったく、彼のせいで私やシェリーさんまで借金取りに追いかけられる
というのは勘弁して欲しいものです。
大食いとそれに起因する借金(しかも返せるアテなし)さえなければ
ネロスもいいやつなんですけどねぇ。

×月△日
そろそろネロスの悪名が街に広まってしまったようなので、
明日にはカロンを出発する予定。
そんな理由で逃げ出さないといけないなんて、情けない限りです。
そういえば、今日はふらっと街を歩いていたら
トレンチコートを着た背の高い男と話しているシェリーさんを見かけました。
いつになく真剣、というか深刻そうに話していたので、声は掛けなかったのですが
なにやら仕事の報告をしているような感じでした。
確かに、ネロスが好きだというだけで一緒に来ているのではないとは
思っていたのですが、やはり彼女にも何かしらの仕事があるみたいです。
もしかしてネロスを追っている借金取り!?
でも、それならネロスはとっくの昔に闇に葬りさられているか。
それに彼女のネロスに対する振る舞いは、天然にしか見えませんし。
なんていったら失礼かな?
そうそう、借金といえば、私がネロスと一緒に旅をすることにした日、
私は『王都メルティンに着くまでにネロスを借金取りに突き出す』
と宣言した気がします。今更それを実行する気はありませんが、
彼と別れてからも彼の借金のせいで追い掛け回されるのは嫌ですね。
何とかしてほしいものですが、ネロスが自分でなんとかするとは
とても思えませんし…。

□月□日
今日も悪魔と遭遇。
今回は2匹でしたが、そのうちの一方が結構な魔法の使い手だったので
いつもより少々苦戦しました。
雑魚の方を倒した私がシェリーさんの護衛にまわり、
ネロスが強敵の方を討つというパターンです。
私の刀は、悪魔は斬れても魔法は斬れないようなので、こういう場合は
ネロスの剣(「破剣ストラトス」とか言われていたはず)に頼るしかありません。
そういえば、私の刀なのですが最近切れ味が増しているような気がするんです。
触れただけで致命傷となるのではっきりとは断言できないのですが、
使い慣れてきたことを差し引いても、初めの頃より鋭くなった感じです。
それに、もう何十匹も斬っているはずなのに、いつでも刀身に曇りがない
というのも不思議、というか不気味です。なにやら禍禍しいものを感じますし。
魔界という所のものだけに、比喩ではなく刀が血を吸っているのかも知れません。
いずれにしろ、あまり長い間使うのはやめた方が良さそうです。
トウホウに渡ったら封印することにします。

□月×日
いよいよ王都メルティンが見えるところまで来ました。
明日には到着できるでしょう。
ネロス&シェリーさんとも、もうお別れしなければならないようです。
今までの旅は本当に楽しいものでした。
以前は1人で旅していましたが、あの2人と会ってからは一層愉快でした。
ちょっと変わり者な2人と他愛のない話で大笑いしながら歩けば、
悪魔に襲われることもただのネタになってしまいますし。
本当に名残惜しいですが、私は久遠爺さんとの約束を果たすために
どうしてもトウホウへ行かなければなりません。
まあ、今生の別れという訳ではありませんし、ネロスのことですから
借金の噂を辿ればいつかまた会えるでしょう。
それにネロスとシェリーさんの二人っきりの旅というのも良いかもしれませんね。
あの2人なら、これからきっとうまくいくでしょう。
そういえばネロスが何故メルティンを目指していたかは結局聞きませんでした。
『王都の食を制する』なんて冗談ぽく語っていたこともありましたが
あながち嘘ではないのかもしれません、彼のことですし。
明日は生涯忘れられない1日になりそうなので、
今日はぐっすり眠っておくことにします。おやすみなさい。

――以上、人間「橘遙」の日記より無断で抜粋。
<了>

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