静謐な空気。
静止した闇。
聞こえるものは夜の息遣いのみ。
廃墟の礼拝堂。
遺されたささやかな聖域。
壁に掛かる古ぼけた十字架。
片膝をつき、指を組む。
ゆっくりと目を閉じる。
それは最後の祈り。
揺るがぬ決意の宿る胸。
立ち上がり、十字架に背を向ける。
もう振り返らない。
朽ちた床板に響く靴音。
軋む扉を押し開ける手。
境界線を越える。
吹きつける北風が頬を打つ。
でもこれが生きているということ。
背筋を伸ばし、前を見据える。
足下に広がるすすきの平原。
頭上に在るのは冴えた蒼い月。
そしてここにわたしがいる。
終わらない夜の中。
終わらない大地をひとり往く。
ひと筋の月光だけを標にして。
祈りはいつか天に届くだろうか。
想いはいつか実を結ぶだろうか。
わたしはただ、歩き続ける。
<了>