からくり時計

運命の降る夜。
冴えた月光がすべてを青白く包み込む。
街を埋め尽くす幾条ものビル。
その中で一際高く聳える白亜の楼閣。
そして天衝く楼閣の中ほどにある巨大な時計。
すべてがぼんやりと闇に浮かび上がる。

耳を澄ますと時の音が聞こえる。
大時計の半透明な文字盤の向こうで
無数の歯車が廻転する様が微かに覗える。
やがて燐光を帯びた二本の針が時計の頂きで一つに重なる。

午前零時。
それは一つの始まりであり、一つの終わり。
刻限を告げる鐘の音が、静寂に沈んだ世界に響き渡る。
清らかに、厳かに、夜空を満たしてゆく。
人はその音色に何を思うのか。
もはや答えるものはいない。

鐘の音が天に散る頃。
今度はオルゴールの穏やかなメロディーが流れ始める。
そしてその調べに導かれるように、静かに姿を現す人影。
大きな時計の少し下、かつては大勢の人で賑わったであろうエントランス。
下界と天空を繋ぐ架け橋が白き尖塔と交わる処。
そこに立つのは一人の少女。

黒と白とに彩られたドレス。
漆黒の髪に結われた純白のリボン。
その小さい身体で少女は踊る。
繊細で柔らかな調べに乗せて、
雪のように、星のように、優雅な舞を披露する。
このときばかりは月光も、スポットライトのように
世界中でこの少女だけを照らし出す。
一人だけの舞台。
一人だけの主役(ヒロイン)。
青く冷たい光を纏い、少女は踊り続ける。
儚く、けれど煌びやかに。
永遠の隙間から零れ落ちた、
ほんのわずかなひとときの中で。

やがてオルゴールはゆっくりと最終節を奏で終える。
それに合わせて少女は舞台の中央に立ち、
スカートの裾をつまんで会釈する。
その姿勢のまま徐々に姿を薄れさせ、
最後には完全に夜風の中に溶けていった。

かくして束の間の幻想は終わり告げ、
喪われた街にはまた夜だけが残される。
そして忘れ去られたからくり時計は
闇の中でただ静かに時を刻み続ける。
いつか終わりの来る儚い永遠の中で。
<了>

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