放課後。
駅のはずれにある小さなプラットホームに佇む私。
腕時計を見る。
…そろそろだね。
ふと、遠くから聞こえてくる音。
それはゆっくりと近づいてきて私の前に止まる。
深い青色をした一輌編成の電車。
微かに空気の漏れる音ののちに扉が開く。
…えいっ。
私はホームと電車との隙間を軽く飛び越えて乗り込むと、
いつものように4人掛けのボックス席の窓際のシートに腰掛ける。
しばらくすると発車ベルが鳴り、
電車はゴトゴトと音をたてながら走り出してゆく。
加速しながら流れていく風景。
そして一瞬体が重くなったかと思うと、
電車は大地を蹴り大空へと舞い上がっていた。
窓から見える街並がどんどん小さくなってゆく。
緑に囲まれた小さな街。
私の住む街。
見慣れた街に別れを告げ、
電車は遠く高く彼方を目指して天空を駆ける。
車内に目を移す。
少し古ぼけた感じの内装。
木の床は磨きあがられていてぴかぴかだ。
いつものことだけど誰も乗っていない。
私一人だけ。
通学かばんから読みかけの本を取り出そうとしたところで
通路の方から気配がした。
見ると、そこには一匹のねこ。
いつからそこにいたのかな。
「おいで」
するとねこは、にゃーと一声鳴くと私の膝の上に乗っかって、
日当たりの良いその場所ですぐに寝息をたてる。
起こさないように気をつけながら、その背中をそって撫でてみる。
柔らかくてふかふかな毛を撫でてるうちに、
なんだか私も眠くなってくる。
そして窓の隙間から入る心地よい春風と暖かな日差しに包まれて、
私はゆっくりと目を閉じた。
……どれくらい時間がたったんだろう。
気が付くと私は岩山の頂きにそびえる大きな塔の前に立っていた。
周りには電車の姿もねこの姿もない。
ただ荒涼とした岩肌が連なってるだけ。
私は力を込めて重い扉を押し開ける。
扉を開くと優しい風が出迎えてくれる。
忘れ去られた塔。
でも、この中ではちゃんと時が流れ続けているんだ。
そして風も。
やや緑がかった石で造られた巨塔。
中に入るとそこは吹き抜けのロビーになっている。
上のほうは暗くて、どこまで続いているかはよく見えない。
私はかばんを壁際に置くと、ロビーの中心に立つ。
そして静かに目を閉じる。
気持ちをを落ち着ける。
心を澄ませる。
すると、涼やかな風が心の中に染み込んでくる。
徐々に体が軽くなり、ふわりと浮き上がる。
でもそれは一瞬だけ。
すぐに足が床についてしまう。
…う〜ん、まだダメかな?
それでもだいぶ風を感じられるようになったね。
…よし、じゃあもう一回…。
空に憧れ、翼を欲しがっていた幼い日。
私は一人の魔法使いさんに会った。
魔法使いさんは言った。
翼がなくても空は飛べるって。
風を感じて風とひとつになればいいんだって。
そしてこの場所のことをこっそり教えてくれた。
その日から私は毎日ここに通って、空を飛ぶ練習をしている。
ここには私を空まで運んでくれる風がやって来そうな気がするから。
ここからなら飛び立てる気がするから。
だから私は風を待つ。
今もこの場所で。
<了>