かつては多くの人々で賑わっていたところ。
だが今は住む者も無く、永く時の流れに曝され続けていたところ。
俺が辿り着いたのはそんな島だった。
痩せた地に聳えるのは無数のコンクリートの建造物。
一つ一つは十階建てぐらいの低層のビル。
それがいくつも絡み合い犇めき合い、
島全体を覆い尽くしていた。
目の前の建物を見上げる。
灰白色の壁は風化により所々ひび割れ、
上方では崩れたコンクリートの中の鉄骨が剥き出しになっていた。
窓枠は外れ落ち、部屋の中では襤褸切れと化したカーテンの残骸が
寂しげに風に揺れていた。
これが歳月というものか。
俺は一つ息をつき、それからもはや扉のない建物の中へと歩を進める。
かつん、かつん。
足音が遠く響く。
硬く、少し埃っぽい廊下。
窓から差し込む陽光があるとはいえ、
電気の通わない屋内は昼でも薄暗かった。
わずかな灯りを頼りに左手の階段を上る。
無数の渡り廊下を通り、階段を上り、下り、
乾いた空虚感の漂う人造の迷宮を奥へと進む。
ふと唐突に光が溢れ目が眩む。
ゆっくりと目を開ける。
そこには豊かな緑があった。
コンクリートの塔に囲われた小さな中庭。
肩丈ほどの雑草が茂る生命の拠り所。
目に付いたのは中庭の隅にある小さなブランコ。
鎖も支柱もすっかり錆びきっていたが、
それはまぎれもなくブランコだった。
最後に使われたのは一体何十年前のことだろう。
一瞬だけ、今はなき子供たちの息吹が聞こえた気がした。
中庭を抜けて更に進むと、なんとなく見覚えのある光景に出くわした。
かすかに揺らぐ記憶の残滓。
俺は歩調を少し速めて、廊下の奥に向かった。
このまま真っ直ぐ行き、二つ目の階段を四階分上がり、それから…。
ここか。
俺は歩く足を止め、右手にある部屋を覗く。
そうだ、間違いない。
部屋に足を踏み入れる。
部屋の中は廊下同様、がらんとしていて埃っぽかった。
どこかの隙間から漏れる光に導かれるように奥へと進み、
俺はようやくここに辿り着いた。
目の前にあるのは引き出し付きの木製の机。
色褪せ、朽ちてはいたが、幸い原型はしっかりと保っていた。
右上の引出しを開ける。
中はからっぽだったが、それは別に構わなかった。
腰に下げた小さな巾着袋をベルトから外す。
袋の中を確認するとそこには入れたときの状態のまま、
水晶の塊が納まっていた。
八方に独特の六角柱が伸びた歪な形をした水晶。
それでもそれは俺にとって意味のあるものだった。
俺は中身ごと巾着袋を引き出しに入れ、そっと引出しを閉じた。
再び廊下に出てからしばらく歩き、
廊下の突き当たりの鉄の扉を押す。
ノブはなくなっていたが、力を加えると扉は軋みながらも外側へと開いた。
扉の外にはやはり鉄製の非常階段。
それが螺旋を描きながら上下へと伸びていた。
錆びてはいたが、何とか俺の体重ぐらいは支えてくれそうだ。
俺は足元を気にしながらも、階段を上へ上へと上ってゆく。
最後の段を上りきった先はコンクリートの平原。
申し訳程度の鉄格子に囲まれた、この島で最も天に近い場所。
頭上に広がるのは青い空。
どこまでも青く、どこまでも澄み渡った青い空。
あの日と同じ青い空。
どれだけ時間が経とうとも、どれだけ人間が変わろうとも、
青空はいつも青空だった。
数時間後、俺は船の甲板にいた。
さっきまでいた島は次第に小さくなり、
やがて水平線の彼方に姿を消していった。
そしておそらく、もう誰の記憶にも上ることはないだろう。
さあ安らかに眠れ、忘れ去られた古代都市よ。
俺の残した”証し”をその胸に抱いて…。
<了>