追撃戦は大詰めを迎えつつあった。
薄暗い林の小径を駆ける影は二つ。
一つは虎を思わせる大きな体躯の動物。
だがよく見るとそれは巨大な猫であることがわかる。
サバトラ柄の毛並みは毛羽立ち、所々に焦げ痕がある。
しなやかな四肢を叱咤し、全力で前方を走るものを追う。
もう一つの影、追われるものは異形だった。
山羊の頭に四本の腕、真っ赤な剛毛が全身を包み、
3メートル程の体を2本足で直立させていた。
人間を畏怖させるに足る禍々しい外見を誇る魔物も、
今は切り傷だらけになり必死で逃走していた。
二匹の獣は付かず離れずの距離を保ちながら走る。
やがて木立の先に開けた場所が見えてくる。
そして林の終わりに差し掛かる寸前、
逃げる魔物の前に木陰から一人の少女が飛び出してきた。
少女はブレストプレートを着込み、
腰にロングソードを佩いた冒険者姿をしていた。
不意に少女の右手が一閃する。
鞘から解き放ったロングソードで抜き付けに魔物を袈裟懸けに斬り裂き、
返す刀で逆袈裟に斬り伏せる。
魔物は走る勢いのまま慣性で数歩進み、
少女の背後で音を立てて倒れた。
そしてそれきり二度と動くことはなかった。
「お疲れ、キタカゼ。相変わらずいい追い込みだったよ」
ゆっくりと剣を納めながら少女が巨大な猫に声を掛ける。
キタカゼと呼ばれた猫は急制動をかけて静止すると、
身震いして毛についた埃を落としてから答える。
「うむ、お前の剣技もな、こまち」
人語を解し、それを操る猫の声には独特の渋みがあり、
落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「これで最後の一匹だよね」
「うむ」
「それじゃ、そろそろ村に帰ろうか。
報告をしなくちゃいけないからね」
「そうだな」
「それと報酬。今度は何を買おうかな」
「俺には必要ない。お前の好きなように使え」
「ありがとっ、キタカゼ♪」
そのときの少女の表情は、
年相応の少女らしい明るく晴れやかなものであった。
「…そういえばキタカゼ、毛がずいぶん汚れてるんじゃないの?
魔物の火球が何発かかすめてたみたいだし。
帰ったらお風呂に入れてあげるよ」
「必要ない。こんなものは後で毛づくろいすれば問題ない」
「ダメだよ、男の子だっていつもきれいにしてなくちゃ」
「…むぅ」
そうして沈みかけの太陽のオレンジ色の光の中で
踵を返す一人と一匹。
彼らの旅路は果てしなく続いてゆく。
この広い世界の片隅で。
<了>