魔性の瞳

すべてのものを安らぎで包み込む夜の闇。
その中を歩む私は、ふと背後に気配を感じて肩越しに振り返る。
だがそこには、濃く漂う闇以外に何もない。
誰もいない。
いや、………いた。
遥か上空に、淡い光を放つ満月が。

どこまでもどこまでも、ひたすらに高みへと伸びてゆくTWIN−TOWER。
人の力を具現化した巨大建造物。
その双塔の狭間に浮かぶ月は、私を見て冷たく笑った。
そしてその瞬時にすべての音が消える。
星の調べも刻の調べも、なにもかもが…。
背筋に走る悪寒。
心を見透かされているような嫌な感触。
あらゆるものを惑わす魔力を湛えた月が妖しく私を見つめる。
ともすると魅入られそうになる。

だが、私はその中で何とか正気を保ち、自分を奮い立たせる。
そして強い意志をもって魔性の瞳を見つめ返す。
負けないから。
負けたくないから。
永遠とも思える一瞬の睨み合いのあと、不意に音が戻る。
雲が流れ出す。
闇がいつものように優しく揺れる。
それを感じて、私は安心して前に向き直る。
そして再び歩き出す。
私だけの道を。

空にはいつも月がいる。
その魔力は、常に人を堕落へと誘う。
そこから湧き出す混沌と災禍は、徐々に世界を蝕んでゆく。
それでも私は歩くことをやめない。
そして2度と振り返りはしない。
私は自分を信じて私だけの道を進むだけだ。
たとえこの星が月に飲み込まれ、終るさだめだとしても。
たとえ私が最後の1人になったとしても…。
<了>

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