果てしなく広がる荒野。
生命の気配を失った赤茶けた大地。
そこにただ一本だけ無言で聳え立つ巨塔。
天と地を繋ぐ漆黒のライン。
それはかつて宇宙から飛来し、この惑星に突き刺さったモノ。
『神の御槍』と呼ばれる完璧なる黒水晶の柱。
そしてその黒き柱の真下、クレーターの底に俺はいる。
人類の大半を死に至らしめた忌まわしき災禍の中心に。
俺の足元には鮮やかな緑。
塔の黒とのコントラストが美しいそれは、瑞々しい芝生の絨毯。
綺麗に刈り揃えられ塔を中心に円形に広がっている。
死に絶えたはずの大地にしっかりと根を張り、小さな命を煌かせる。
俺と同じ、この惑星の上で今を生きるもの。
薄汚れた厚い外套を脱ぎ捨て、勢い良く芝生に寝転がってみる。
そして静かに空を仰いだ。
背中に当たる程よく硬く、程よく柔らかい草の感触が心地よい。
吹き抜ける風。
のんびりと流れる雲。
美しい六角柱の上から大地を照らす太陽。
どこまでも長く伸びる柱の影。
そのすべてが優しく俺を包み込む。
間もなく終わるこの世界。
地は荒れ、海は涸れ、すべてが無へと帰してゆく。
だが…今この瞬間には確かに生きている。
飾ることなく、奢ることなく、それでも頑なにそこに在り続ける。
そして俺もまた…。
・
・
・
どれぐらい時間が経っただろうか。
ゆるやかなまどろみの波は徐々に遠ざかってゆき、
澄んだ声が俺を現実へと連れ戻した。
ゆっくり瞳を開くと、目の前にはまだ幼さの残る面影。
黒柱とは対照的な白き衣を纏い、
背中には陽光を受けて七色に輝く半透明の翼。
翼が風に揺れるたびに辺りに光の粒が舞い踊る。
少女は所々にへこみのあるブリキのじょうろ持ち、
少し心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「そろそろ起きないと風邪ひいちゃうよ?」
「あぁ。水やりはもういいのか?」
「うん、もう終わったよ」
「そうか」
俺は素っ気無く答え、もそもそ起き上る。
気がつけば陽は西に傾き、
地平線の彼方へ堕ちるのも時間の問題だった。
傍らにある埃だらけの外套を羽織る。
長年苦楽を共にしてきた俺の相棒だ。
他には何もない。
これで準備は整った。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「あぁ。俺にはまだ行くべきところがあるからな。」
「そうだよね。もうすぐこの惑星は死んじゃうんだから急がないとね」
「お前が殺すんだろう?」
「うん」
喜ぶでもなく、悲しむでもなく、自然な表情で彼女は答えた。
気負うこともなく、意識することもない。
それが彼女にとっての生きるということだから。
「そうか、それじゃ俺はもう行くぞ」
「うん。元気でね」
「…お前はこれからどうするんだ?」
「わたしはね……花を育ててみるよ。芝生だけでもいいけど、
もう少し彩りがあってもいいかなって思うから」
「そうか…頑張れよ」
「ありがとう♪」
夕陽に照らされオレンジ色に輝くとびっきりの笑顔。
その輝きはたしかに俺の心に焼きついた。
たとえこの俺が死んでもこの惑星が消えても、
褪せることのない瞬間として。
「…それじゃあな」
背後から聞こえる声と大きく手を振る気配に軽く答え、
今度こそ本当に歩き出す。
北を目指し、不毛の大地に残ることのない足跡を刻んで。
たとえ今日という日の光の欠片が完全に闇に呑まれても
決してとどまることなく。
そしていつか再び彼女に出会うときが来るだろう。
それは……たぶん、世界が終わったあとで。
<了>