月の向こう

夜空にぽっかり空いた穴。
それはだいだい色の丸い月。
穴の向こうは別世界。
世界一高いこの場所からでも向こう側は見えない。
もっと近づけば見えるだろうか。
そう、空が飛べれば。

吹き抜ける風はせわしなくローブの裾をはためかせる。
さっきまでの灼熱の陽射しが幻と思えるような、
穏やかな夜気が辺りを包み込む。
眼下に広がる砂の大地はどこまでも続き、
この星をくまなく覆い尽くす。
青き星と呼ばれていたのは遥か昔のこと。
今はその面影すらも残っていない。

闇の中で微かな光芒を放つ4本の塔。
かつて世界の中心だったところ。
TOWER GATEと呼ばれた巨大な門は崩れ去り、
その支柱たる塔だけが墓標のように砂漠に突き立つ。
滅びた文明。
死んだ惑星。
それを偲ぶのは私ひとり。

しばしの時が経ち、月が天頂に昇る頃。
私は心を決め、呪文の詠唱に入る。
この世界に別れを告げる為に。
乾いた空気に乗って私の声が響き渡る。
それにあわせて、低い唸り声のような音が聞こえ始める。
最後の力を振り絞るかのように、塔が一際明るく輝きだす。
4本の塔が相互に作る力場が魔力を増大させる。
そして4本の塔のちょうど中間に、
月へと伸びる淡い黄金色の回廊が姿をあらわす。
同時に月の扉の封印が解かれる。
TOWER GATE。
それは異世界への門だったのだ。

私はふわりと舞い上がると、回廊をゆっくりと昇ってゆく。
世界一高い塔の頂きから更なる高みへと。
徐々に遠ざかってゆくこの星の景色を心に焼き付けながら。
果てしない砂の海。
ひっそりとそびえる文明の名残。
それらはきっと記憶の中で永遠に生き続ける。
たとえこの星が無へと帰する時が来ても。

やがて近づいてくる月。
月の向こうは水と緑と光に満ちた世界。
生まれたばかりの生命が息づく所。
私は心の中で小さく”さよなら”と呟くと、
振り返らずに境界線の先に一歩踏み出す。
これから始まる新しい世界へと。
<了>

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