ねこを追って

いたっ。
この路地の先を左に曲がった。
あたしもすぐに後を追う。
まって、ねこ君。

左に曲がると、もうだいぶ遠くを走ってる。
白とうす茶のまだら模様の毛玉は、
軽々と地面を蹴って進んでいく。
なんて速いんだろう。
でも、あたしも負けずに走る。

1メートルにも満たない狭い路地は
やせてるあたしでも走りづらい。
おまけに、いろんな物が転がってる。
水色のポリバケツを避け、
ダンボール箱を飛び越え、
材木の山を踏み越えていく。
まって、ねこ君。

まず右に曲がって、次は左。
しばらく進んで3個目の十字路を左。
どこまで行っても見なれた路地。
両側の壁はとても高くて、空もほとんど見えない。
昼でも薄暗い路地。
夜はもっと暗い路地。
あっ。
白いしっぽは、今度は右に曲がっていった。

追いつけそう。
でも追いつけない。
灰色の壁についてる窓の下、
ぶら下がってるプランターをかがんで避ける。
こんな陽の当たらないとこじゃ
植物なんか育たないはずなのに、変だね。
少し柔らかい土についた足跡を追う。
まって、ねこ君。

しばらく続いたまっすぐな路地は左に折れ…
…行き止まりだ。
「ねこ君」
耳だけ動いたけど、向こうをむいたまま。
奥へと、とぼとぼ歩いてる。
「まって、ねこ君」
ゆっくりとこっちを向く。
なんか、首をかしげてるみたい。
「おいで、恐くないよ」
しゃがんで手を差し伸べる。
そして、恐る恐るやってくるその子を抱き上げた。

―あったかい。
ちょっぴり汚れてる毛を撫でてみると
すごくふんわりしてる。
あくびをするねこ君。
昨日の夜、闇の中からみつめていたね。
そのグリーンの二つの瞳で。

もう一人ぼっちじゃないんだよ。
あたしも、ねこ君も。
どこまでも続くこの閉じた世界。
でも生きていけるよね、今日からは。

「…ねこ君、大好き」

ねこ君は、あたしの言葉がわかったのかな?
どうなんだろう。
でも、走り疲れたねこ君は
眠る直前に確かにこう言った。

「にゃあ」

あたしもゆっくり目を閉じる。
おやすみ、ねこ君。
また明日…。
<了>

back