振り下ろされる5本の爪。
それは白刃のごとき鋭さで虚空を薙いでいく。
けれどもあたしには届かない。
やはり動きが鈍ってるんだ。
先程の空間歪曲で左後脚を破壊しといて正解だったみたいだね。
とはいえ、向こうの攻撃が一撃必殺の威力を持ってることに変わりはない。
「そろそろケリをつけますか」
戦闘開始からの経過時間は9分23秒。
その間、あたしはずっと目の前の獣と戦ってる。
獅子のような体躯に三又の尻尾をもつ灰白色の獣と。
…147匹目。
そう彼(彼女かもしれないが)は147匹目なんだ。
あたしの野望への貴重な踏み台。
逃がしはしないよっ!!
相手に向けて猫の杖を突き出す。
その瞬間、あたしの勝利は確定した。
杖の先に付けられた猫の口から白い霧が噴き出す。
その霧は光よりも速く獣の全身を包み込むと、標的の分子運動の一切を停止させる。
零点振動さえ許さない。
完全な静止状態である。
…まずこれで一段落ね。
『絶対零度だ。お前の力でははじけまいっ』などという
杖の意味不明な呟きを無視して、あたしは改めて精神を集中させる。
ここからあたしの本業なんだから。
目を閉じて呪文を唱える。
心を真っ青な大空と重ね合わせる。
そしてイメージする。…獣の本来あるべき姿を。
そして…。
「にゃ〜」
鳴き声。
猫の鳴き声だ。
ゆっくりと目を開けると、そこには1匹の黒猫がいた。
先程まで氷漬けの獣がいたところに。
その猫はちらりとこちらを見ると、もう一度『にゃ〜』と鳴いて
この広い平原のいずこかへと去って行った。
「よーし、あと9853匹っ!」
そしてあたしは、148匹目を探してまた歩き出す。
…そうそう、自己紹介がまだだったね。
あたしの名前はフィル・アコード。
世界でたったひとりの猫魔導士だよ。
ある日、夢の中で神様に訊かれたんだ。
『お前の願いは何だ?』って。
あたしは迷わず答えた。
『猫になりたい!』って。
そうしたら神様は、こうおっしゃった。
その昔、私は自分の姿に似せて”猫”という存在を創造した。
猫はこの世界で唯一無二の動物であった。
猫は万能の象徴にして、全てを知る者であった。
猫は栄え、そして増えた。
だが、いつの頃からか、猫であることに疑問を持つ者が現れだした。
その者たちは猫であることを捨て、他の動物の姿へと堕ちていった。
今となっては、猫としての誇りを持ちつづけている者はほとんどいない。
あとは、哀れな動物たちだけである。
…もし。
お前が本当に猫になりたいなら。
人間という脆弱なる姿の中に、少しでも猫の誇りが残っているなら。
哀れな動物たちを、本来の姿に戻してみよ。
もしお前が10000匹の動物を猫に戻すことができたなら、
お前の願いを叶えてやろう。
忘れるな、猫の誇りを。
そして、太古の輝かしい世界を思い出せ。
そしてあたしは授かった。
動物たちをあるべき姿に戻す力――すなわち猫魔法を。
物理法則をも超越する神の力――すなわち猫の杖を。
あとはあたし次第。
あたしの力で夢を叶えるんだ。
いつの日にか猫になるという夢を…。
って、わっ!
あんなところに148匹目が。
あの6枚の純白の羽根を持つ天使を猫にすれば、また野望に一歩近づくんだ。
というわけだから、あたしは行くね。
話の続きはまた今度。
まぁ、そのときにはあたしはもう猫になってるかも知れないけどね♪
<了>