さよなら、おもいで

過去と未来の隙間。
事象の境界線上から空を仰ぐ。
射し込む光を虚ろに眺めながら、僕はまだここにいる。
おもいでを抱えたまま。

おもいで。
そう、大切なおもいでなんだ。
何にも代えがたい、大切なおもいでなんだ。
なくしちゃいけないものなんだ…。

不意に光の色が変わる。
柔らかな声が響いてくる。
それは反対の世界から来たものだろうか?

―いつまでここにいるの?―

いつまでも。
ずっとここにいるんだよ。
時間も空間もない場所に。
おもいでだけを抱いて。

―どうして飛び立たないの?―

飛び立てないんだよ。
天翔ける翼はもうないのだから。
それを背負う身体すらも無くしてしまったんだから。
僕にはもうおもいでしかない。

―それなら大丈夫―
―あなたにはまだ”こころ”があるから―
―時間も空間も超越して存在する”こころ”があるから―
―どんな翼よりも力強く羽ばたける”こころ”があるから―

こころ?

―そう、こころ―
―光をも飲み込む暗黒空洞のなかで、君が君として存在していることの証―
―何よりも明るく輝き、この暗闇の束縛を解き放つ力―
―君が未来へと進んでゆくための希望なんだよ―
―さあ、おもいでをこころに映して―
―それで明日が見えるから―

そうか。
僕にはまだこころがあったんだ。
おもいでだけじゃなかったんだ。

言われたとおりに、おもいでをこころに映す。
こころに生えた純白の翼で、ただ一点に向かって舞い上がる。
明日という未知の世界に向かって。
そしてその時になってようやく気づく。
あの声は、おもいでの声だったということに。
おもいでにすがって、自らを閉ざしていた僕に、もう一度光を与えてくれたんだ。

ありがとう、僕のおもいで。
そしてさようなら。
君のことをいつもこのこころに秘めて僕は進むよ。
まだ見ぬ無限の可能性へと。
そしていつか迎えに行くからね。
全てをこのこころに刻んだあとで。
永遠へと還るそのときに……。
<了>

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