断崖の上に一人立ち、世界中の緑を胸一杯に吸い込む。
両手を広げ、流れる風に身をゆだねる。
そして眼下に広がる景色を眺めながら、その美しさにただ涙した。
静かに佇む湖と、それを守るかのように幾重にも取り囲む深緑色の木々。
湖面に映る、どこまでも澄み渡る空。
空に浮かぶ、けがれなく白い雲…。
その色、その姿、その雰囲気。
すべてが美しかった。
理屈じゃない。
心がそう感じているのだ。
でも。
美しいものには、いつか必ず終わりが来る。
花にも、鳥にも、風にも、月にも…この風景にも例外なく。
そしてそれは、もうすぐ近くまで来ている。
そう、ここは世界の果て。
”終わり”に一番近い場所だ。
終わりへと向かう儚さが、この風景の美しさを際立たせるけど、
次の瞬間にすべては無へと帰してしまうのだ。
一瞬の輝き。
一瞬の美。
ずっと見ていたい。
終わらないでほしい。
でも、それは叶わぬ願い。
やがて”終わり”は最後の風景を飲み込んで、
私のわきを通り過ぎていた。
なにもかもが”終わり”に溶けてゆき、暗闇の中にひとり取り残された私。
死ぬことを許されていない私は、決して”終わり”に触れることが出来ないのだ。
ただ、消えゆくものを見ていることしか出来ないのだ。
その美しさ、儚さに涙を流しながら。
だから私は目を閉じて、さっきまでここにあった風景を思い浮かべる。
心に刻んだ、最も美しかった瞬間を。
そしていつまでもその幻を見続けるのだ。
やがてまた”始まり”がやって来て、世界に色をつけてくれるそのときまで。
<了>