廊下

果てしなく続く長い廊下。
両脇には冷たく重たい鉄の扉たち。
規則正しく並んだ無数の蛍光灯が
天井から頼りなげな光を落とす。
…それだけ。
それだけがこの世界のすべて。
どこから始まりどこで終わるのか。
いつから始まりいつ終わるのか。
何も知らぬままに私は歩いてゆく。

…かりかりかり。
ふいに音が聞こえだす。
静かな廊下に響くこだま。
目を凝らし、耳をすます。
遥か前方の薄暗がりに何かがいる。
闇に溶けるような黒い姿。
深い色をした両の瞳が一際明るく輝く。
それは…一匹の猫だった。

私が近づくと、特に警戒したふうもなく寄って来る。
私の足に顔を摺り寄せ、にゃあと一鳴き。
それから傍らの扉の前にゆき、鉄の表面に爪を立てる。
…かりかりかり。
一心不乱に扉を引っ掻く。
…かりかりかり。
時折、思い出したかのようにこちらに顔を向けながら。
…かりかりかりかり……。
そう、さっきの音はこれだったのだ。
そしてこの猫はきっと…。

私は冷え切ったノブを握りゆっくりと回す。
鍵は掛かっていなかった。
引っ張ると僅かに軋みながら扉が開いてゆく。
中から光と風、そして緑の匂いが溢れてくる。
何故かこころが少し揺れた。
…でも…。
猫は細い隙間をすり抜けて、扉の向こう側に飛び込んでゆく。
振り返ることなく。
猫のしっぽが光の中に消えるのを確認して、
私はそっと扉を閉める。
そしてまた彼方へと歩き出す。
滑走路の誘導灯のような蛍光灯の明かりに沿って。

どこまでも続く道。
どこまで行っても同じ風景。
廊下。
扉。
蛍光灯。
それは…永遠の世界。
でも本当は永遠じゃない。
きっといつか辿り着くから。
誰のでもない、私だけの運命の扉に。
その扉を探して、私は今日も歩き続ける。
<了>

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