大海を望む小さな岬。
そこにひっそりと根をおろした桜の木。
今年も私はここにやってきた。
眼下に打ち寄せる波は力強くて、
その飛沫を私のところまで運んでくる。
まだ幾分か冷たい潮風に吹かれて、
桜の傍らに佇む私。
穏やかな春のひととき。
いつからここにいるのか。
仲間からはぐれた桜はそれでも
その幹を、枝を、天に向かって伸ばしていく。
去年よりも今年。
今年よりも来年。
少しでも高く、天に近づけるように。
そして春。
薄紅色の衣を全身に纏う。
可憐で儚げな無数の花。
一年のうちで最も輝ける瞬間。
奢ることなく、媚びることなく、咲き乱れる命。
そんな姿が好きなんだ、私は。
ふと見上げると、空からは白い結晶。
どうりで寒いわけだ。
純白の欠片は風に吹かれ、
やがて薄紅色の雫とともに幻想的な踊りを見せる。
真っ青な大空を舞台にして。
…きれい。
ほかに言葉がでなかった。
いや、それで十分なんだ。
はじめから言葉なんて必要なかったんだ。
リボンを解いて、流れる髪を風にまかせる。
目を閉じて空の息吹を全身で感じる。
そして私もゆっくりと踊りはじめる。
雪と一緒に。
桜と一緒に…。
目を開くと、雪はすでに止んでいた。
ただ、青い空と青い海の間に桜があるだけだった。
時に冷たく、時に暖かい潮風にその身を委ねながら。
私はその幹をそっと撫でてから、
静かにその場をあとにする。
肩越しに挨拶を交わして。
じゃぁね、また来年。
次に来るときはどこまで空に近づけてるかな?
楽しみだね。
そして私は、小さな明日への勇気を抱いて歩き出す。
365日後の再会を心待ちにしながら。
<了>