空へ

暗き樹海の奥深く。
忘れ去られた小さな空き地。
そこにひっそりと聳えている。
古びた煉瓦造りの塔。
風雨に曝されて煉瓦は黒ずみ、
草に覆われた下端はよく見えない。

膝あたりまである草を掻き分け、入り口のアーチをくぐる。
正面には今くぐったのと同様のアーチ。
左右には外壁に沿って時計回りに這い上がる一対の螺旋階段。
その二重螺旋は外壁と共に、
三階ぐらいの高さのところでぷつりと途絶えている。
そしてその先には夜空に満月が浮かぶのみ。

左側の階段を一歩ずつ昇ってゆく。
こつん、こつんと硬い靴音が宵闇に響く。
その音をゆっくりと噛み締めながら歩む。
やがて辿り着く最後の段。
立ち止まり、これまでの日々を想う。
だがそれも一瞬のこと。
そしてそこから虚空に踏み出す一歩。

感触はない。
でも分かる。
足は宙をしっかりと踏みしめている。
それは見えざる階段。
遥かな空の彼方まで続く。

何かが変わった気がした。
心の中に風が吹いた気がした。
鼓動。
予感。
そこからはすぐだった。

透明な螺旋を駆ける。

一歩。
二歩。
加速がつく。

三歩。
四歩。
体が軽くなる。

五歩。
跳んだ。

空気を力強く蹴り、両の手を大きく広げる。
それで上昇気流に乗った。
いや、上昇気流になったのだ。
体は風に溶け、心は夜空に解き放たれる。
そしてゆっくりと舞い上がる。
漆黒を抱く空へ向けて。
金色を湛(たた)える月へ向けて。
<了>

back