見上げれば星空。
漆黒の世界に浮かぶシリウス。
その光は澄んだ空気を貫いて
僕の心にたしかに届いた。
そして僕はまた、果てなく広がる空に想いをはせるのだ。

眼下には海。
夜闇に染まった深い色の青に
生まれては消えゆく白い波。
そんな色を眺めていた遠き日々。
純真な心で、純白の翼で、
自由に空を駆けていた、あのころ…。

ふと我に返ると、泉のほとりに一人きり。
水面(みなも)に映るのはやつれ果てた天使の姿。
背中の翼にはもう飛ぶちからはなく、
幾多の痕と穢れによってどす黒くただれている。
いつからだろう?
こんなになってしまったのは。
いつからだろう?
時にとり残されてしまったのは…。

飛べない翼。
病んだ心。
それでも僕は前に進まなければならない。
そう、いつまでもここにいるわけにはいかないのだ。
だから僕は両の翼をひきちぎり、静かな泉の底へとそれを沈めた。
もう必要のないものだから。

そして僕は立ち上がり、新たなる一歩を踏み出す。
まだ見ぬ未来に希望を託して。
飛べない翼はもういらない。
二つの足で歩けばいいのだから。

いずれ翼と心は癒されるだろう。
星々の瞬きをいっぱいに吸いこんだ泉に清められ、
新たな姿に生まれ変わるのだ。

道は続いてゆく。
僕をあしたに誘うように。
飛べない僕は、ただひたすらにこの道を辿るのだ。
いつの日にか翼を取り戻すときまで。
生まれたての心を抱いて、
遥かな蒼穹へとふたたび舞い上がるそのときまで…。
<了>

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