忘れえぬ雲

いつか見た雲。
あの忘れえぬ雲。
風に吹かれながらずっと眺めていた。
それは前世の記憶かもしれない。
夢の中の風景かもしれない。
それでも私の心の中にはいつもあの雲があった。
そして今も…。

青々と茂る草を掻き分けて進む。
だんだん急になる斜面。
頂上まではあとわずか。
思わず早足になる。
そしてついに丘の上に立つ。

風が吹き抜けてゆく。
遠い異国の香りを運んで。
一面に広がる草の海原。
どこまでもどこまでも続いている。
私の傍らに無言で佇む白い風車。
それは名もなき君の墓標。
風を受け、静かに回る。

私は何も語らない。
キミも何も語らない。
ただ、心の中に染み込んでくる風を感じているだけ。
世界の色を感じているだけ。
揺れる前髪をそのままに。
回る羽根をそのままに。

やがて空の色彩が変わり始める。
昼と夜との境界線がやってくる。
頭上を過ぎるWhite Wingも黄昏色に染まる。
そして暮れなずむ空に広がる雲。
あの忘れぬ雲。

…ううん、そうじゃない。
今見ている雲はあのときの雲とは違う。
似てはいるけれど、あのときの雲じゃない。
それに、君はもうここにはいない。
あのとき大空を駆けていた君はもういない。
しなやかな四枚の翼をはためかせることはもうないんだ。

それでも、こうして今日の日の終わりの景色を、
キミの隣で一緒に見られることを素直に嬉しいと思えるんだ。
今この瞬間、ここにしかない雲を一緒に見られることを。
君の翼はもう空を舞うことはない。
でもキミの翼は今も風を孕み続けている。
真新しい純白の翼で。
そう、空と大地の間でたしかに生き続けているんだ。
風と共に。
私と共に。

いつか見た雲。
あの忘れえぬ雲。
雲は無限に姿を変え続ける。
悠久の時の中で。
そしていつか、
再びあの時と同じ姿を取るだろう。
再び今と同じ姿を取るだろう。
願わくばその雲を君と一緒に見られますように。
願わくばその雲をキミと一緒に見られますように。
<了>

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