冴えた真冬の夜天の大気。
空と大地を分かつ遥かな稜線。
黒と黒との境界線。
月がその境界線をかすかに浮かび上がらせる。
それが最後の一線。
それでももう長くはもたなかった。
やがて月が無窮の深淵に飲み込まれる。
それを悔しげに、しかし半ば諦め気味に眺める影がひとつ。
「また一つ、月が堕ちたか…」
闇色の毛をもつ黒猫がそっと呟いた。
太陽が蝕まれ、月までもが堕ちたこの世界は、
遠からず完全な闇に包まれるだろう。
先程まであった天地の境ももう見えない。
黒猫は想う。
各世界でその世界の支配者に対して
月が堕ちることの危険性を説いてきた。
しかし受け入れられることは一度としてなかった。
そして例外なく世界は滅びた。
「やはり、不可能なのだろうか…」
…いや。
それでも、と思う。
だから猫は、月が堕ちたこの世界から、次の世界へ旅出つのだ。
いつまでも月が輝き、光溢れる世界に辿り着くまで。
闇の中、闇色の気配が微かに揺らいだ。
そして闇から闇へとその姿を消した。
後にはただ、秩序という名の闇だけがたゆたっていた。
<了>